私は、少なくとも内側の罪である怠慢の罪は、信仰を失うより前に既に存在すると答えます。
ヤコブの手紙1章14節
2013年8月21日(水)『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
250頁
怠慢の罪は、信仰を失うよりも前に、すでに私たちの内に存在すると語られています。つまり信仰を持っていると罪を犯さないというのではなく、信仰を持っている状態にあってすでに罪が存在しているのです。
これは信仰を持つならば罪を犯さないということと矛盾します。
罪が存在しているということと罪を犯すということの違いかもしれません。
この微妙な矛盾が信仰生活の醍醐味なのかもしれません。
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