静まりの時
- テーマ:決断
- 聖書箇所:第一ヨハネ5・1~5
- 日付:2026年06月11日(木)
1 イエスがキリストであると信じる者はみな、神から生まれたのです。生んでくださった方を愛する者はみな、その方から生まれた者も愛します。
2 このことから分かるように、神を愛し、その命令を守るときはいつでも、私たちは神の子どもたちを愛するのです。
3 神の命令を守ること、それが、神を愛することです。神の命令は重荷とはなりません。
4 神から生まれた者はみな、世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。
5 世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。
「イエスがキリストであると信じる者」、すなわちキリスト者は、「神から生まれた」者である。神から生まれた者は、「生んでくださった方」、すなわち父なる神を愛する者であるが、それだけではなく、「その方から生まれた者」、すなわち他のキリスト者も愛する。
神さまを愛する者は、他のキリスト者も愛する。それは自然なこと、当然のことである。だから、神を愛し、その命令を守るときは、いつでも私たちは「神の子どもたち」、すなわち他のキリスト者を愛するのである。
では神を愛することとは具体的にどういうことであるのか。それは神の命令を守ることである。あるいは兄弟姉妹を愛することが神の命令である。神の命令とは、重荷とはならない。まことに神の命令である限り、それは重荷とはなり得ない。
なぜなら、神から生まれた者、すなわちイエスがキリストであると信じる者は、世に勝つからである。こうしてイエスがキリストであると信じる信仰が与えられているということ自体、世に勝った勝利である。信仰こそ、世に勝つ勝利なのである。世に勝つ者とは、イエスを神の御子と信じる者ではないか。それ以外にはない。
イエスさまを信じるということは、
- イエスさまがキリスト、すなわち救い主であることを信じること。
- イエスさまが神の御子であると信じること。
- イエスさまを信じる者は、神から生まれた者である。
- イエスさまを信じる者は、兄弟姉妹をも愛する。
- それは神の命令である。
- それは重荷とはならない。
- イエスさまを信じるということ自体世に勝ったことである。
キリスト者である、ということは、イエスさまをキリスト、救い主、神の御子と信じる者です。そう信じるということで、神から生まれた者であることが明らかにされています。この信仰に生きる者は、兄弟姉妹をも愛します。兄弟姉妹は愛さないが、神は愛している、ということはあり得ません。神を愛し、兄弟姉妹を愛する、という生き方は、人間が編み出した考え方というようなものではなく、神さまからの命令です。愛の神さまが命じられている、ということは、その命令は私たちの重荷にはなりません。むしろ私たちの喜びになるはずです。なぜならイエスさまを信じる信仰に生きる者は、みなこの世に勝っているからです。