悪霊や病気を治してもらった女たち

静まりの時 2022年1月20日(木)

「その後、イエスは町や村を巡って神の国を説き、福音を宣べ伝えられた。十二人もお供をした。また、悪霊や病気を治してもらった女たち、すなわち、七つの悪霊を追い出してもらったマグダラの女と呼ばれるマリア、ヘロデの執事クーザの妻ヨハンナ、スザンナ、そのほか多くの女たちも一緒であった。彼女たちは、自分の財産をもって彼らに仕えていた。」

(ルカ8・1~3、新改訳2017)

 イエスさまの宣教は、つねに12人を伴うものであった、と聖書は記します。12は旧約聖書に記された神の国イスラエルを象徴しています。キリスト教会は、新しい神の国イスラエルである、と語ります。以前にも書きましたが、現在のパレスティナに生まれているイスラエル国家を、聖書と結びつけて考えることから、キリスト教信仰に生きる者は自由にされています。
 12人に加えて「悪霊や病気を治してもらった女たち」、さらに「そのほかの多くの女たち」も一緒であった、と記します。現代の教会もそうですが、初代の教会は女性の活躍が豊かです。二千年前、男尊女卑の時代に、聖書の中には女性執事(1テモテ3章)も登場するのですから、驚くべきことです。私たちの教会も女性の役員さんが生まれるとうれしいですね。ただ性別に関わらず監督や執事としての奉仕する者は、審査が必要である、と初代教会は考えたようです。その条件は第一テモテ3章に記されていますが、現代の教会もその条件は変わらないでしょう。選出の方法として、選挙は民主的でよいと思いますが、同時にこの条件も加味することができればよいのではないかと思われます。

 さてイエスさまの宣教を支えた女性たちは、もともと悪霊に憑かれていたり病気であった女性たちでした。イエスさまとの出会いによって、悪霊を追い出していただいた、病気を治していただいた、という信仰の経験をいただいた者たちでした。彼女たちは、その喜びのうちに「自分の財産をもって」仕えていました。自分の財産をささげたので、癒されたというのではなく、癒しをいただいたので献げる人生に生きる者となった、ということです。ギブ・アンド・テイクではなく、テイク・アンド・ギブですね。
 「七つの悪霊を追い出してもらったマグダラの女と呼ばれるマリア」。なんという紹介の仕方でしょうか。いつも言いますが福音書は第2,3世代の生まれた教会の中で書かれました。おそらくマグダラのマリアは、執筆当時はすでに団体女性会のリーダーみたいな人だったでしょう。その人物が紹介されるたびにこのように紹介されたのです。そしてそのように紹介されることを、マリアさん自身喜びとした、ということでしょう。これが教会に生きる者の信仰です。
 また「ヘロデの執事クーザの妻ヨハンナ」。「ヘロデ」という名称には、同一人物ではありませんが、つねにイエスさまのお生まれの時の幼児虐殺者、あるいはバプテスマのヨハネを宴席で殺害した人物を思い起こさせるものがつきまとっています。そのヘロデの執事クーザ、おそらくヘロデに大変近い人物でしょう。その奥さんが信仰に入った。敵対している立場の高貴な人物の奥さんが信仰に入った。重大な病を負っていたけれどもイエスさまに癒された、みたいな感じです。そのことがここで公に表明されているのです。そしてこの人物もそのように自分を紹介されることを喜びとしました。
 そしてこの二人がともにイエスさまに仕えている。どこに出しても後ろ指を指される人物と、高貴な人物が、ともにイエスさまに仕えている。おそらくイエスさまに出会わなかったならば、この二人もお互いに出会うことがなかったであろう、そんな二人がともに仕えている。なんと麗しいことでしょうか。それが教会というところなのですね。

 この冬、久しぶりに足の指にしもやけができました。小学生までは、足や手の指、耳によくしもやけを作っていたのですが、中学になるとピタッとできなくなりました。それがここにきて再び痛痒い毎日を送っています。ウォーキングでもともに歩く妻はしばらくすると手がホカホカしてくるのですが、私の方は冷たいままです。慢性心不全は、手足の血流を悪くするようです。今日は大寒ですね。寒い日が続きます。

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