静まりの時 2021年12月29日(水)
「わたしは愛する者をみな、叱ったり懲らしめたりする。だから熱心になって悔い改めなさい。」
(ヨハネの黙示録3・19、新改訳2017)
昨日お同じ聖句ですが、新共同訳、共同訳2018では以下のようになっています。
「わたしは愛する者を皆、叱ったり、鍛えたりする。だから、熱心に努めよ。悔い改めよ。」(同、新共同訳))
「私は愛する者を責め、鍛錬する。それゆえ、熱心であれ。そして悔い改めよ。」(同、共同訳2018)
新改訳で「懲らしめる」と訳されていた言葉が、「鍛える」「鍛錬する」と訳されています。原文のギリシャ語の「パイデウオー」は「教育する、教える、正道に導く、訓戒(指導)する、懲らしめる、罰する、鞭打つ」という意味を持っているそうです。打ち壊してしまうため、滅ぼしてしまうためではなく、育てるためであることを表しています。
この聖句を受けて、安易に私たち人間が誰かを鍛えようとしてしまうことが起こりそうですが、大切なことは、これを神さまがなさってくださるということではないかと思います。神さまが、私を愛しておられるので鍛えてくださる、また隣人も神さまが愛しておられるので鍛えてくださる。私たちが隣人に対してなすべきことは、ひたすら愛することなのだと思います。
昨日は、午前にオンラインでの会議は入りましたが、他の時間で年末調整作業を完了することができました。感謝です。先生方へ源泉徴収票、近江八幡税務署に法定調書、先生方がお住まいの市町村に給与支払報告書、これは数年前から源泉徴収が義務化された地方税のための書類ですが、このような書類も発送することができました。加えて冬期手当の報告書を年金事務所に送付できました。郵便局は少し混んでいましたね。
このところ雪でできていなかったウォーキングにも出かけることができました。道はほとんど雪が解けていますが、田んぼ道は真っ白で、犬や烏でしょうか、足跡が美しく残っていました。
八木重吉の詩に「花」というのがあります。
花
花はなぜうつくしいか
ひとすじの気持ちで咲いているからだ
これにならって、この自然のすべては「ひとすじの気持ち」で存在しているから、美しいのかなと思います。神さまを賛美するひとすじの気持ち・・・。
今日もそのような一日でありたいと思います。