静まりの時 2021年9月23日(木)
岩の周りに根を巻き付かせるのは、静かな春の雨の力ではなく、あるいは優しい五月の太陽でもありません。それは荒々しく吹き荒れ、木を震わせる三月の北風なのです。
C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、375頁f
このスポルジョンの今日の言葉は、試練の大切さが語られているのだと思います。聖句(下記)は昨日と同じものでした。
パウロは、神さまの力は、弱さの中でこそ十分に発揮される、といいます。この十分にという言葉は、新改訳では「完全に」と訳されています。原文のギリシャ語では「テレイタイ(テレオー)」ですから、終える、とか、完了させる、といった意味で、岩隈直の辞書によると、目的を達する、とも訳される言葉です。たとえばイエスさまが十字架に架かり霊をお渡しになる時に「完了した」(ヨハネ19・28,30)と言われましたが、その完了したと同じ言葉です。
「弱さ」があると「完了」や「完成」とは程遠い状態と思えますが、聖書は、弱さがあって初めて完成する、完了する、目的が達成されるのだ、というのです。弱さがない、という状態はいまだ完成できていない中途半端な状態である、ということでしょう。
肉体の弱さ、精神の弱さ、知恵や配慮の足りなさ、などなど、さまざまな弱さを抱えて生きている私たちなのですが、そのような「弱さ」があるからこそ、私の人生は完成される、あるいは信仰生活は豊かにされる、というのですから、今日も勇気をもって一日を歩んでいきたいと思います。
昨日は、週報や他の文書作りなどで半日ほどパソコンの前に座っていたのですが、どうもそれが影響したのかしばらくしんどい時間を過ごしました。もしかすると前日、前々日と少し多めの運動をしたことも影響したのかもしれません。昼食を済ませ、しばらく横になっていると、次第に元の調子に戻って来ました。これからもこんな感じで人生を生きていくのでしょう。
プラモデル作りにも少し飽きてきたのですが、ずいぶん前に買ったプラモデルがもうひと箱ありましたので、作り始めました。今度はバイクです。バイクのプラモデル作りの好きな友人がむかしいたのですが、かれは近くの模型店のショーウインドーに、自作のプラモデルバイクを展示してもらったりしていました。久しぶりに会って話してみたいな、と思い出しました。
雨模様の予報でしたが、比較的晴れ間もあり、夕刻にいつも通り妻とともに近くを散歩しました。曇り空が美しいと妻がいいました。「利休鼠の雨が降る~」という歌がありましたが、日本人は灰色の中にさまざまな美しさを発見してきました。
以前、奈良に出かけたときに思いついて立ち寄った松伯美術館で買い求めた『新版 日本の伝統色-その色と色調-』をみると、黒白系の色だけでも数えきれないほどあり、また素敵な名称がつけられています。
散歩から帰ったとたんに雨が降り出しました。
夕食の直前にうれしい差し入れがあり美味しくいただきました。餡餅ですが、この季節はおはぎというのでしょうか。カロリーの管理をしているので、夕食のご飯を減らしひとついただきました。ちなみに夕食は減塩餃子だったのですが、以前は何も考えずにホットプレートで焼かれたものを食していました。またタレもポン酢にしっかりと浸して食べることだったのですが、5つ、と決めて、酢とコショウだけで食することになりました。これはこれで美味しいものです。
「すると主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。」(2コリント12・9)
曇り空だった十五夜の翌朝は雲の合間から月が輝いていました。