安全ネット

主イエスは決して破れることのない丈夫な安全ネットを用意しておられます。・・・聖であること、信仰が強くされること、そして、最後に完全な者とされることが私たちの目標です。たとえ失敗することがあるとしても、主なる神に見捨てられることは決してありません。

C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、310頁f

2021年8月7日(土)

救われるということは、義認、つまり罪人でありながらも神さまから義人と認めていただけるということですが、それは始まりにすぎません。義と認められた者は、文字通り義人となる道に前進していきます。クリスマスの時に学ぶことは、私たち罪びとを救うために神さまが人となれたということですが、その神が人となられたのは、人が神になるためなのです。人が神となるということは、もちろん神そのものになるのではありません。かつてエデンの園で神さまと人と造られたもののすべてと麗しく生かされていたその時の状態が実現するということです。

そのためには、人間は自己中心から神さま中心に、シフトチェンジしていただかなければなりません。それが洗礼の恵みです。

洗礼の恵みに与って新しく生きはじめた者は、神さまを中心にして神さまに生かされるといことを追い求めていきます。神さまが完全なセイフティーネットを備えていてくださることを信じて、豊かに前進していきます。

「しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」(ルカ22・32)