豊かな財宝

主なるキリストの牧草地には、豊かな財宝が隠されています。素晴らしい約束があなたの前にすでに備えられ、与えられているのです。ですから、そのような御言葉を日々収集してください。そして、自分のものとしてください。これらの素晴らしい約束を深く理解してください。くり返し、何度も味わってください。そして、喜びをもって日々の霊の糧としてください。

C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、39頁f

2021年1月23日(土)

 「主なるキリストの牧草地」とは聖書のことで、「豊かな財宝」とは、聖書の御言葉のことです。聖書の御言葉こそ私たちが日々を生きるための糧なのです。

 ただ聖書の言葉を読むだけでそこに含まれている栄養素を十分に身につけることができるかというと、多くの場合、消化不良を起こしてほとんどの栄養素を身につけられていないことがあったり、いったんは口に入れたけれども、味が分からず吐き出すか、十分に味わうことなく飲み込むかしてしまって、片寄った栄養しか身につけられていない、ということが起こっているのではないでしょうか。しっかりと味わったのちに飲み込まなければ、胃や小腸で十分な栄養素を取り込むことができないように。

 そこで大切なことは、しっかりと聖書を読んでいる人の書物を読む、ということです。聖書はこの二千年間、旧約聖書においてはそれ以上の時間、おびただしい数の人びとによって読まれてきました。その先輩の方々の言葉に耳を傾けることです。そうして改めて聖書を読んでみると、新しい味わいに出会ったり、より深く栄養素を取り込むことができたりするでしょう。

「モアブの女ルツがナオミに、『畑に行ってみます。だれか厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます』と言うと、ナオミは、『わたしの娘よ、行っておいで』と言った。」(ルツ2・2)