マリアの賛歌は、冒頭に出てくる「私は崇める」という言葉のラテン語、マグニフィカート(マニフィカートとも書く)という言葉で呼ばれることが多い。・・・崇める、それは大きくするということである。・・・「目を留め」、文語訳では「そのはしための卑しきをも顧みたまえばなり」であった。・・・神がこちらを向き、目を留めてくださるなどとは思ってもみなかったのに、こちらへ振り返ってくださった。思いがけない喜びがある。・・・ルターは「身分の低い」という言葉を「無きにひとしい」とさえ訳している。顧みに値するものは何もなかったのである。そのような者が神のまなざしのなかに立ったとき、揺るぐことなく、恐れることなく、賛美に生きたのである。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、376頁
2020年12月21日(月)
主イエスさまを信じる信仰、イエスさまを大きくするということです。そしてそのイエスさまの愛の中に自らを再発見することです。そのような信仰の歩みは、揺るぐことなく、恐れることなく、賛美に生きることとなります。
「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも 目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人も わたしを幸いな者と言うでしょう、」(ルカ1・47-48)