静まりの時
- テーマ:教会の一致
- 聖書箇所:第一コリント1・10~17
- 日付:2026年07月11日(土)
10 さて、兄弟たち、私たちの主イエス・キリストの名によって、あなたがたにお願いします。どうか皆が語ることを一つにして、仲間割れせず、同じ心、同じ考えで一致してください。
一致を破壊している原因は、
12 あなたがたはそれぞれ、「私はパウロにつく」「私はアポロに」「私はケファに」「私はキリストに」と言っているとのことです。
キリストではなく人間に「つく」ということが一つの原因であると読めます。しかしそれだと「私はキリストにつく」が理解できません。キリストにのみつく、ということは、そのことば自体は推奨されることだと思います。
しかしこの「私はキリストにつく」の問題点は、私こそキリストにつくものである、他の者たちはキリストについていない、と他の者を見下している、ということにあると思います。
そうして読むと、私はパウロに、アポロに、ケファに、というのも、人間につく、ということの問題点だけでなく、そうして他の見下している、ということが問題であることが分かります。
人間につく、といこともほめられたことではないのかもしれません。しかしそれ以上に、自分こそしっかりとした信仰に生きている、他の者はそうではない、と他の者を見下すことが最大の問題なのです。
個人の信仰生活において起こりがちな問題だと思いますが、それだけではなく、教会、教派、団体などなど、おおよそ信仰に生きるようとする人たちのなかに起こる、起こっている問題だと思います。同じキリストを主と仰ぐ者であるにもかかわらず、仲間割れ、が起こる。
同じ心、同じ考えで一致する者でありたいと思います。
「同じ心、同じ考えで一致する」の中身ですが、この場合「語ることを一つにして」ということです。つまり信仰告白において一つになる。それは、そのほかのことでは違いを許容する、ということでもあります。