静まりの時
- テーマ:教会の交わり
- 聖書箇所:第一テサロニケ3・6~13
- 日付:2026年06月02日(火)
6 ところが今、テモテがあなたがたのところから私たちのもとに帰って来て、あなたがたの信仰と愛について良い知らせを伝えてくれました。また、あなたがたが私たちのことを、いつも好意をもって思い起こし、私たちがあなたがたに会いたいと思っているように、あなたがたも私たちに会いたがっていることを知らせてくれました。
7 こういうわけで、兄弟たち。私たちはあらゆる苦悩と苦難のうちにありながら、あなたがたのことでは慰めを受けました。あなたがたの信仰による慰めです。
苦難の中に置かれたテサロニケの教会を案じて、居ても立ってもいられなくなったパウロは、テモテをテサロニケに遣わしました。テサロニケから帰ってきたテモテは、テサロニケの教会がどのような状況の中にあり、兄弟姉妹たちがどのように信仰に生きていたかを知らせました。その知らせを聞いてパウロは深く慰めを受けました。
テモテがパウロに伝えたのは、テサロニケ教会の信仰と愛でした。その具体的な内容は以下のようなことでした。
- パウロたち、すなわち使徒たちのことを、いつも好意をもって思い起こしていること。
- パウロたちがテサロニケ教会の兄弟姉妹に会いたいと思っていると同様に、テサロニケ教会の兄弟姉妹たちがパウロたちに会いたがっていること。
つまりテサロニケ教会の兄弟姉妹たちがパウロたちを愛しているということが伝えられたのです。
テサロニケ教会が信仰の苦難にあっているということは、もし信仰がなければ苦難に会うこともなかったというこですから、信仰を伝えたパウロたちに対して複雑な気持ちを持つことも想像されます。しかしむしろパウロたちに感謝し、パウロたちに出会いたいと願っていたというのです。そのことがパウロたちを慰めました。そしてそのことをパウロは「信仰による慰め」であると語りました。
パウロたちがテサロニケの兄弟姉妹たちから愛されているということを聞いたことは大きな慰めであったと思います。しかしそれとともに「テサロニケの兄弟姉妹の信仰」に慰められたと語っているのです。
「あなたがたの信仰による慰め」、とはいったい何か。それは兄弟姉妹たちが、イエスさまへの信仰に生きていることが慰めとなる、ということですが、具体的には、信仰に生きている、ということが肯定されている、ということではないか、と思います。そしてそれは人生そのものを肯定する、という生き方だと思います。
私たちは何かしら後悔することをもって生きています。しかしイエスさまを信じたということは、たとえ自分の意に添わなかったことであっても、それも必要なことであったのだ、神さまのみこころだったのだ、と受け止める生き方を生み出します。誰かをうらやみ、誰かの否定しなければならない心から解放されることです。それがイエスさまを信じている、ということなのです。
パウロは、テサロニケの兄弟姉妹がそのように生きていることに慰めを受けました。おおよそ伝道者が慰めとすることはこのことだと思います。