静まりの時 エレミヤ29・1~7
日付:2023年02月02日(木)
預言者エレミヤは、ネブカドネツァルがエルサレムからバビロンへ引いて行った捕囚の民、すなわち、長老で生き残っている者たち、祭司たち、預言者たち、および民全体に、エルサレムから次のような手紙を送った。
この手紙は、エコンヤ王、王母、宦官たち、ユダとエルサレムの首長たち、職人、鍛冶がエルサレムを去った後、ユダの王ゼデキヤが、バビロンの王ネブカドネツァルのもと、バビロンへ遣わした、シャファンの子エルアサとヒルキヤの子ゲマルヤの手に託したもので、そのことばは次のとおりである。
「イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。
『エルサレムからバビロンへわたしが引いて行かせたすべての捕囚の民に。
家を建てて住み、果樹園を造って、その実を食べよ。
妻を迎えて、息子、娘を生み、あなたがたの息子には妻を迎え、娘を嫁がせて、息子、娘を産ませ、そこで増えよ。減ってはならない。
わたしがあなたがたを引いて行かせた、その町の平安を求め、その町のために主に祈れ。その町の平安によって、あなたがたは平安を得ることになるのだから。』
(エレミヤ29・1~7)
この時預言者エレミヤはエルサレムに残されているようです。エレミヤはエルサレムからバビロンに捕囚される民に手紙を送りました。その内容は、捕囚で連行された先のバビロンにおいて、平安に暮らしなさい、というものでした。一時的なことではなく、しっかりと地に根ざして生活しなさい、そこで家庭を築き、子々孫々増えていきなさい、その町の平安を主に祈りなさい、その町の平安によって、あなたがたは平安を得ることになるのだから、と。
たとえ異郷の地バビロンであっても、その地の平安を祈り、その地に根を下ろしてしっかりと生きていきなさい、との主の言葉を、エレミヤは祖国を離れバビロンの地に連行される人びとに送ったのです。
讃美歌90番に「ここも神の御国なれば」という賛美歌があります。
1、ここも神の御国なれば、天地(あめつち)御歌を、歌い交わし、
岩に樹々に、空に海に、たえなる御業ぞ あらわれたる。
2、ここも神の御国なれば、鳥の音、花の香、主をば たたえ
朝日、夕日、栄えにはえて、そよ吹く風さえ、神を語る。
3、ここも神の御国なれば、よこしましばしは、時を得(う)とも、
主の御旨の ややになりて、天地 遂には 一つとならん。
主にある者は、どこであっても、そこを神の御国として、地の平安を祈りつつ、しっかりと足を地につけて生きるのです。