静まりの時 2022年12月17日(土)
ルカ1・5~25
御使いは彼に答えた。「この私は神の前に立つガブリエルです。あなたに話をし、この良い知らせを伝えるために遣わされたのです。見なさい。これらのことが起こる日まで、あなたは口がきけなくなり、話せなくなります。その時が来れば実現する私のことばを、あなたが信じなかったからです。」
民はザカリヤを待っていたが、神殿で手間取っているので、不思議に思っていた。
やがて彼は出て来たが、彼らに話をすることができなかった。それで、彼が神殿で幻を見たことが分かった。ザカリヤは彼らに合図をするだけで、口がきけないままであった。
(ルカ1・19~22)
ザカリヤとエリサベツ夫妻にバプテスマのヨハネが誕生します。バプテスマのヨハネは、主イエスさまの道を整えるためにやって来ます。それは預言の成就でした。
神殿で香をたく奉仕。それは生涯に一度あるかないかのことでした。その最中に天使ガブリエルからザカリヤは、バプテスマのヨハネの誕生を知らされました。ザカリヤはそれをすんなりと信じることができません。天使は「信じなかった」ザカリヤに「これらのことが起こる日まで、あなたは口がきけなくなり、話せなくなります」と語りました。その通りにザカリヤは、バプテスマのヨハネの誕生まで口がきけないままの時を過ごします。臨月を迎えるまで、この夫妻は沈黙の中に時を過ごすことになりました。
「信じなかった」罰として「口がきけなくなった」とも読めるところです。しかし罰、バチが当たったと理解するのはあまり聖書的とはいえないでしょう。
「やがて彼は出て来たが、彼らに話をすることができなかった。それで、彼が神殿で幻を見たことが分かった」(22)。
ザカリヤの香をたく奉仕が予定よりも時間がかかっていて民は不思議に思います。ようやく出て来たザカリヤは口がきけません。それで「民」は「彼が神殿で幻を見たことが分かった」と聖書は語ります。民は、ザカリヤが話すことが出来ないことを知って、幻に出会った、すなわち特別なことがあった、おそらく神さまとのお出会いの時があったのであろう、と想像したというのです。もしザカリヤが話すことが出来たら、天使ガブリエルとの出会いをその口を通して、言葉で伝えることもできたでしょう。その方が、ザカリヤが天使に出会った、幻を見た、ということがよりはっきりと民に伝えることが出来たのではないかと、思います。しかし聖書は、ザカリヤが沈黙の中にあったので、神との出会いがあったのだと民は知ることが出来たと語るのです。
沈黙が、神との出会いを雄弁に証しした、ということでしょう。とすると、ザカリヤが口がきけなくなった、というのは、信じなかった罰ではなく、ザカリヤも信じることが出来なかったことを、ザカリヤやエリサベツ、そして民全体が、信じることができるようにして下さる大切な神さまの方法だったのかもしれません。
こういう沈黙の証しが語られるというのもクリスマスの大いなる恵みかもしれません。
ようやく自宅待機期間も昨日で終わりました。お祈りありがとうございます。予定されている子どもたちのクリスマス会はなんとか行いたいと願っていたのでよかったです。といっても私の役割はビデオの準備ぐらいですが。礼拝の方の説教はもう一回お休みさせていただくこととしました。今日は備えの日。良い備えの一日を送りたいと思います。もう12月も後半に入りました。