静まりの時 2021年10月20日(水)
「王たちやすべての高官のためにもささげなさい。わたしたちが常に信心と品位を保ち、平穏で落ち着いた生活を送るためです。」(新共同訳)
(テモテへの手紙第1 2章2節)
あなたも時には人ごみから離れて、特に静かな場所に身を退けることをお勧めします。仕事のさまざまな面倒、あなたがたをしばしば悩ます家庭の心配ごと、あるいはあなたを苦しめる心の葛藤などはしばし忘れなさい。妨げとなるもの、失望させるもの、悩ますものはどんあものも、しばらくの間忘れなさい。今はほんの短い時間であっても、神のみが与えることのできる平穏で静かな生活を大いに楽しみ味わいなさい。
C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、413頁f
キリスト者が「信心と品位」を保ち「平穏で落ち着いた生活」を送るために「王たちやすべての高官のため」に祈りをささげなさい、とパウロは若き伝道者テモテに語りました。キリスト者は「信心と品位」を保ち「平穏で落ち着いた生活」を送るようにと招かれています。
キリスト者はすべての人のために祈ります。その「すべて」の中には「王たちやすべての高官」も入っています。神さまは「すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます」(4)。
この時代、彼らにとって「王たちやすべての高官」とはどういった人たちであったでしょう。ときに迫害する人たちだったのではないか、異教徒たちだったのではないか、敵対する人たちだったのではないか、と思います。しかしその彼らのために祈りなさい、と初代教会は教えたのです。そこには、敵や迫害する者たちのために祈れ、と言われた主イエスさまのお心が生きているのだと思います。
現代を生きる私たちに当てはめてみるならば、自治体の役目を担っていてくださる方々、市長、知事、議員、各種大臣、天皇のために祈るということでしょう。主イエスさまはすべての人が救われることを望んでおられます。まだイエスさまを知らない人たちに福音を伝えるように、先に私たちを救ってくださいました。
「王たちやすべての高官のために」祈るのは、彼らが救われるためですが、この聖句は、それとともに私たちが「常に信心と品位を保ち、平穏で落ち着いた生活を送るため」であると語っています。
政治家たちが、その職務を正しく全うすることによって、自分たちの生活、とくに信仰生活が守られるようにと願っているのです。つまり国の仕組み、政治体制、官僚の仕組み、そういったことが守られることによって、自分たちの信仰生活が守られるようにと聖書は教えているのです。
政治体制は万能ではありません。さまざまな欠けを抱えています。ときに悪魔的にもなり得るでしょう。だからこそ祈る必要があるのだとも思います。ルールは大切なものです。ひとつのおりの中に、にわとりと羊とオオカミとライオンとをいっしょに入れて「さあ自由にやってください」といいおいて扉を閉めその場を去ってしまうならば、あくる朝にはどうなっているでしょうか。それは自由を与えているのではなく、無責任なだけでしょう。オオカミさんにいまは羊さんを食べてはいけませんよ、と教え、それを守らせなければなりません。また守りやすいように仕組みを作ることも必要でしょう。ルールを守るために時に「力」も必要になってきます。しかし基本的に善を求めるように造られた人間には理性があり判断力があり愛があるのですから「力」とは暴力ではなく、議論する力だと思います。その議論する力が大切にされる、また十分に発揮される政治であり政治家であるようにと祈りたいと思います。21世紀を迎え世界を見れば、あまりにも「人間の話し合い力」を後回しにした政治が横行しているのではないかと思います。ますます祈らなければならないのだと思います。
ずいぶん気温が下がりました。以前ならただ寒くなったな、ということだったのですが、病気をしてから気温の下がり具合に敏感になりました。夕刻のウォーキングには、ウインドブレーカーと襟に防寒用にタオル、そして手袋が見つからなかったのでバイク用のグローブを身に着けて出かけました。しばらくすると少し身体があたたかくなるのですが、それまでは冷たい風が身体を指すように感じます。高齢者や身体の弱さを覚える方々はきっとみなそうだったのでしょう。病を得て実感することは多いですね。
さてこのバイク用グローブ。バイクを手放したので用済みとなっていたのですが、思わぬところで役立ちました。考えてみるとバイク用ウエアは防寒防風がばっちりなのです。ヘルメットこそかぶりませんが、そのほかは案外役立つかもしれません。
ちなみにグローブをはじめバイク用ウエアはプロテクター入りなので、こけたときも安心です(笑)。