そこにはいつも神の目的が隠されています

静まりの時 2021年9月1日(水)

逆境に襲われるとすれば、そこにはいつも神の目的が隠されています。

C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、344頁f

人生に無駄なものはなにもない、ということでしょう。逆境のときもそこに神さまの目的が隠されているのです。神さまの目的は私たちが神の子となるということでしょう。私たちは主イエスさまの十字架と復活によってすでに神の子とされています。しかしそれと同時に神の子となる道に生きるようにと招かれています。日々変えられていくのです。そのために、ときに逆境の時があるのです。

今日から9月です。昨夜は少し涼しく感じました。今朝の空は秋を思わせる雲の模様です。昨日は例月の団体の会計作業をすることができ、自転車で郵便局や銀行を午前と午後にまわりました。合計すると10キロ以上になるでしょうか。少し力を入れて自転車を漕いだせいか今朝はちょっと疲れが残っているように感じましたが、元気に朝を迎えることができたと思います。今日も一歩前進したいと思います。

「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」(ローマ8・28)