主キリストを心から信じることのできる土台

静まりの時 2021年8月29日(日)

あなたが低くされ、神に祈らざるを得なくなったとき、主キリストは喜ばれます。これが主キリストを心から信じることのできる土台となります。ですから、神は喜ばれるのです。

C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、340頁f

主イエスさまは、決して私たちが苦しむことを喜んでおられるわけではありません。苦しみの中にある時、だれよりもそば近くにいて、その苦しみをともに担ってくださいます。ともに苦しんでくださいます。
しかしその苦しみが苦しみで終わるのではなく、それによって私たちが謙遜にされ、自らの無力を知り、神さまに祈らざるを得なくなった時、そのような私たちを喜んでくださるのです。私たちにとって何よりも大切なことが信仰であることを主はご存じだからです。
主は私たちがまだ罪人であったときに、その私たちにために死んでくださったお方、そのためにまことの人となられたまことの神さまです。

退院後4回目の日曜日を迎えました。去る27日金曜日から滋賀県に新型コロナウイルス感染症の関係で緊急事態宣言が出され、それを受けて私たちの教会もすべての集いをお休みとしました。まもなく早朝礼拝の時間となりますが、礼拝堂は静かです。連絡が行き届かず来会された方への対応のため、役員さんが来会されています。今日から緊急事態宣言の終了期限となる9月12日までの3回の日曜日は10時からの礼拝のみ役員さんと可能な奉仕者によってささげられます。また今日から礼拝のライフ配信を再開します。DVDでお世話になっている藤本先生は快く了解してくださいました。

今朝も相変わらず血圧は100を切り脈拍も50を切っていますが、気分もよく健やかな感じです。昨日も妻とともに20分ほど、約2キロほどですが、元気なころのスピードで歩くことができました。今週の火曜日で発症後6週間となります。心筋の状態も落ち着いてきたころ、ということで、筋力トレーニングも少しずつ始める時期が来ます。退院後、すぐにやった室内バイクもはじめていきたいと思います。一歩一歩前進です。

「しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。」(ローマ5・8)