あわれみがより有効なものとなるのは、それが時宜にかなって与えられるからであり、あわれみが必要なまさにその時だったからです。
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もし時が神の御手の内にあるのであれば、すべてが良いのです。C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、247頁f
2021年6月23日(水)
すべての時を理解することのできない人間にとって、神さまを信じるということは、神さまの時を信じるということでもあります。
「すると、主なる神は彼の苦痛を救うため、とうごまの木に命じて芽を出させられた。とうごまの木は伸びてヨナよりも丈が高くなり、頭の上に陰をつくったので、ヨナの不満は消え、このとうごまの木を大いに喜んだ。」(ヨナ4・6)