キリスト者は期待と喜びをもって、明日へと向かってよいのです。明日には幸いが用意されているからです。栄光へと一歩近づき、天国へも一歩近づくからです。
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誇ることなく、明日への希望をますます膨らませ安らぎを得てください。C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、172頁f
2021年4月30日(金)
明日がある、という歌がありました。今日がどんなに暗闇に覆われていても、明日に期待して生きることができる、それがキリスト者です。
それはそうとして、明日に期待する、ということと、明日を誇らない、ということとはどのように結びつくのでしょうか。
明日に期待するということは、神さまへの信頼から生まれることですが、明日を誇るといことは、神さまへの信頼から離れて自らへの過信によって生まれることなのかもしれません。
「明日のことを誇るな。一日のうちに何が生まれるか知らないのだから。」(箴言27・1)