肉体の痛みに苦しめられるとき、どんな人も慰めを与えてくれる存在を必要とします。・・・たとえ、肉体を震えさせるほどの苦痛に耐えることができる場合であっても、私たちは神による絶えざる励ましとあわれみを必要とするのです。そのとき「恐れるな。わたしはあなたとともにいる」と、神の約束の歌声がナイチンゲールが歌うかのように静かな夜に響き渡り、妙なる調べのように私たちの耳に聞こえてくることでしょう。
C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、17頁f
2021年1月7日(木)
信仰に生きるということは、本当に人間になることです。つまり神になることではありません。苦しみの時に慰めが必要であることを、健やかに告白する者となるのです。そして真実に慰めを与えてくださる神さまに出会うのです。神さまこそ私を慰めてくださるお方であると告白する者となるのです。
「父ヤコブは息子たちに言った。『お前たちは、わたしから次々と子供を奪ってしまった。ヨセフを失い、シメオンも失った。その上ベニヤミンまでも取り上げるのか。みんなわたしを苦しめることばかりだ。』」(創世記42・36)
「恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、わたしはあなたの神。勢いを与えてあなたを助け わたしの救いの右の手であなたを支える。」(イザヤ41・10)