神への祈りを失うと、単なる宗教的享楽に過ぎない祭りは、むしろ、人間の罪をあらわにする機会となる。主イエスが暫くの間、神殿を占拠して、明らかに人間の罪に対するご自身の怒りを明らかにされたことを、クリスマスこそ絶好の稼ぎ時とする誘惑のなかにある私たちもまた厳しく聴くべきであろう。これはただデパートや商店街だけのことではないのである。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、342頁
2020年11月19日(木)
強盗というのは不当に、また力づくで他人の物を奪うことでしょう。それを神さまに対してしてしまっているのが、祈りを失った宗教行事である、というのです。クリスマスは、教会が自戒しなければならない季節です。
「それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いをしていた人々を皆追い出し、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けを倒された。そして言われた。『こう書いてある。「わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである。」ところが、あなたたちは それを強盗の巣にしている。』」(マタイ21・12-13)