キリストがそうなさったように

妻もまた、キリストがそうなさったように、み言葉に従わない夫にも仕える。古代ローマにおいて高官たちは、妻が態度を変え、一層貞節を守り、夫に仕えるようになることを恐れたと言う。妻がキリスト者になったしるしかもしれないからである。もしそうであったら、その妻をキリスト者として告発した。自分が妻のために不利益を蒙ることを恐れたからだ。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、228頁

2020年8月1日(土)

4世紀にキリスト教が公認され、さらに国境となった道のりに、キリスト者たちの徹底してみ言葉に従いこの世界に仕える、隣人を愛するという姿があった、と言われます。かれらは決して大集会を開いたわけでも、世間を驚かすような奇跡を行なったのでも、たくさんのチラシを配ったのでもありません。この地にあって愛に生きたのです。明日の宣教は、今日のキリスト者が小さな愛に生きることができるか、にかかっているのだと思います。

「同じように、妻たちよ、自分の夫に従いなさい。夫が御言葉を信じない人であっても、妻の無言の行いによって信仰に導かれるようになるためです。」(1ペトロ3・1)