祈願があって、それが聴かれたとき初めて感謝があるのではない。感謝が祈願を支える。何よりも祈りとは神に「打ち明けること」、誰に打ち明けることもできないことも神に打ち明ける。それだけであなたの重荷は軽くなる。あなたは神の平和によって守られながら考えることができる。罪を犯さずに、むしろ、みこころを行うために!
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、202頁
2020年7月7日(火)
祈りと感謝。感謝が先立つ、ということです。私たちは感謝すべき材料があって感謝するのですが、聖書は感謝すべき材料があるかないかにかかわらず、まず感謝することを私たちに勧めます。感謝すべき材料がないときも感謝を献げるということですが、信仰に生きるということは、まず神さまが愛すべき点が何一つない私を愛していてくださるということを受け入れたということですから、そのゆるぎないことには感謝を献げても献げ尽くすことはないのです。日々十字架と復活の主に感謝を献げることこそ、祈りの始まりです。
「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」(フィリピ4・6,7)