私たちは神が天地の造り主であることを信じる
私たちは、自分の存在を含めて、目で見るすべてのものの存在が神の意志に根ざしており、神が喜んで造り、祝福してくださったことを信じる。私たちが現実を見る目は明るい。祝福を信じているからである。・・・私たちは神が造られた世界に対する自分たちの責任を覚える。神が祝福し、愛してくださっている被造物の世界を、自分たちが神であるかのように支配してはならない。ここでこそ神に仕え、隣人に仕えるのである。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、10頁
2020年1月5日(日)
創造論か進化論か、という二つに一つを選ばなければならない議論があります。私はその議論は少し的を外してしまっているように思えてなりません。創造論は、私たちを含むすべてが神さまの祝福のみ手のなかにあるということを、私たちに教えます。一方進化論は、私たちが他の被造物と兄弟であることを教えているのではないでしょうか。いずれにせよどちらかを主張し、自分に反する意見をさばくとすれば、それは自分たちが神のようになってしまっていることでしょう。私たちは自らが被造物であることをわきまえ、ひたすら神さまの祝福を信じて、神さまにお仕えし、隣人にお仕えしたいと思います。
「初めに、神は天地を創造された。・・・神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。」(創世記1章)