私たちの生は一瞬、一瞬、私たちのまえに現れ、次の一瞬が訪れたときにはその直前の一瞬はすでに消え去っています。
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神が時間のうちに存在したまわないということは、まず確かと言っていいでしょう。神の生は、連続的な時間から成ってはいないのです。『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、436-437頁
2019年11月8日(金)
時間も神さまがお造りになれたものです。私たちはその時間の中に生きるのですが、神さまはそうではありません。神さまは時間を超えておられるのです。ですから神さまは私一人に無限の時間を割くことができると同時に、すべての人にもそのようにすることができます。
けれども人間はそうではありません。時間の中に生きています。時間の中に生きているということこそ、人間であるといことでもあります。一人の人に無限に時間を割くこともできませんし、それをあらゆる人に同じようにするといこともできません。限界を持った存在であることを大切にしなければなりません。
「イエス・キリストは、きのうも今日も、また永遠に変わることのない方です。」(ヘブライ13・8)