奇跡を経験するには、実際上二つの条件が不可欠です。まず私たちは、自然が正常な状態ではしごく安定したものなのだということを信じなければなりません。・・・次に必要なのは、自然のかなたに何らかの実在が存在するという信念です。
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超自然的実在を信ずることが正しいかどうかは、経験によっては証明されませんし、かといって反駁もできません。そうした存在を肯定する議論は形而上学的なもので、私という人間にとって決定的な意味をもっているのです。その議論とは、自然的世界のうちで考えたり行動したりするにしても、そのかなたのものを想定しないわけにはいかないし、また私たち自身も一面では、その何ものかに属しているというふうにさえ考えないわけにはいかないという事実をめぐるものです。『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、143-4頁
2019年4月10日(水)
この世界に存在するすべてのものは、突きつめて考えるとそれ自体では存在することができず、何らかの他者に依存しなければ存在することができません。そうであれは、この世界にあるものが存在するためには、その第一原因が必要となります。何にも依存しない存在が一つもなければ、この世界のものが存在する理由が失われてしまいます。よって第一原因が存在することは明らかなのですが、それが神ご自身なのだと聖書は語ります。
この神は創造の神さまなのですが、すべてを秩序をもって創造してくださいました。それとともに秩序を超えた奇跡を起こすことのできる神さまです。
この神さまが人となって私たちの地上を歩み、十字架と復活をもって救いの道を開いてくださいました。世の終わりまでともにいると約束してくださいました。
「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。」(2コリント4・18)
「信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神が存在しておられること、また、神は御自分を求める者たちに報いてくださる方であることを、信じていなければならないからです。」(ヘブライ11・6)