神の愛とは、畏れ多いほどの、驚嘆に値するような意味で、私たちが神の愛の対象だということです。・・・私たち人間は本来、私たちが神を愛するためではなく(もちろん、そのためもあるでしょうが)、神が私たちを愛して下さるように、愛の神の御心にかなう者となるように、創造されたのでした。神に対して、あるがままの私たちで満足して下さるように願うことは、神たることをやめて下さいと願うにひとしいのです。・・・神はすでに私たちを愛の対象としていらっしゃいますから、私たちが愛されるにふさわしい者となるように労してやみたまわないのです。
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、27f頁
2019年1月12日(土)
神さまに愛されるにふさわしい者と、私を造りかえてください、との祈りに生きること。神さまの愛を本当に知った者は、このような祈りに生きる者となります。このような祈りをせず、欠点だらけのありがままの私を愛して下さることをよいことに、そのうえにあぐらをかいているならば、実のところ、神さまの愛を知らないのです。神さまの愛を知らないので、大変残念なことですが、そういう人は善い人生を歩むことができないようです。