人よ、沈黙しなさい。平安になりなさい

人よ、沈黙しなさい。平安になりなさい。いかなる者も他の人間にまさることはない、皆同じである。あなたがた人間はこのことを考えなさい。南北、東西、海の上、至るところにあって、わたしはすべての者の神である。わたしは唯一の神である。そして今はイエス・キリストによってあなたの父なのである! と。

C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、254頁

〔イスラエルの王である主/イスラエルを贖う万軍の主は、こう言われる。わたしは初めであり、終わりである。わたしをおいて神はない。〕(イザヤ44・6)

2018年11月11日(日)

偶像礼拝とは、まことの神さま以外を拝まないということですが、それは自分勝手に神を造らない、自分の都合のよいように神を造らないということです。

これは戒めなのですが、戒めというのはただ強権者から出される一方的なルールというものではなく、それによって戒められる者の幸せをもたらすものです。ですから唯一まことの神のみを拝むということは、私たちに幸せをもたらしてくれるもののはずです。

紅葉の季節を迎えています。自然の中に身を置くと森羅万象の中に神を感じるということはよくわかります。しかしその神なる者が、とりとめのないエネルギーのようなものであったり、相対的な存在であったとすれば、私たちはそのようなものの前で、細心の注意をもって善を選択していかなければなりません。沈黙することができません。平安を持つことができません。

しかし唯一まことの神のみが存在するのである、ということであれば、私たちはその絶対者の前で、ゆだねて生きるという道が開かれるのではないでしょうか。そこでこそはじめて平安をもって自律的に生きることができるのではないかと思います。

まさに偶像礼拝を避けることは、私がこの地上にあって確かに生きる道を開くのです。偶像礼拝をすれば罰(ばち)が当たるというのとはずいぶんと違う印象です。