われらをあなたの見張りびとに

主よ、われらの神よ、われらをあなたの見張りびとにしてください。見張りびととは、あなたがわれらの時代にあっていかなる方であり、われらの日々において何をなさるかを見ることがゆるされるのです。

C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、181f頁

〔いかに美しいことか/山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え/救いを告げ/あなたの神は王となられた、と/シオンに向かって呼ばわる。/その声に、あなたの見張りは声をあげ/皆共に、喜び歌う。彼らは目の当たりに見る/主がシオンに帰られるのを。〕(イザヤ52・7,8)

2018年8月11日(土)

「見張りびと」。神さまを信じる者は、この世にあって「見張りびと」となるのです。神さまによって「見張りびと」としていただくのです。

何を見張るのか。それは神さまのみわざを見張るのです。

この世で行われる神さまの大いなるみわざを発見するのです。

そして、この世に向かって語るのです。これらは、神さまのみわざなのだ、と。

見張りびとは、神さまのみわざを発見して喜び歌います。

どのような中にあっても、喜び歌います。