あなたは弱い者であるわれらをみ手のうちに保ち、希望と信仰のうちにわれらを強め、われらが強い者なのでなく、あなたがわれらを守ってくださるがゆえに、われらの生が必ず正しい道をたどるようにしてください。
C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、163頁
〔すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。〕(2コリント12・9)
2018年7月19日(木)
弱いけれども、主にある者は強いといっているのではなく、弱いからこそ、主にある者は強いといっているのだと思います。
「弱いけれども」ならば弱さを誇ることになりません。
「弱いからこそ」なので主にある者は弱さを誇るのです。