自分の苦しみを負うこと

みじめな者、病める者、貧しい者たちをおぼえ、彼らにあなたのいのちの力をわかち、終わりに至るまでよろこびつつ耐え忍び、自分の苦しみを負うことができるようにしてください。

C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、98頁

〔虐げられている人に/主が砦の塔となってくださるように/苦難の時の砦の塔となってくださるように。/主よ、御名を知る人はあなたに依り頼む。あなたを尋ね求める人は見捨てられることがない。〕(詩編9・10,11)

2018年4月29日(日)

人生には苦しみがあります。

苦しみはないほうが良い人生を送ることができるように思います。しかし苦しみのない人生はありません。

苦しみによって人生が破壊されてしまうことがあります。しかし苦しみがあっても破壊されず、むしろりっぱに生きている人もたくさんおられます。

違いはどこにあるのでしょう。

その違いは「自分の苦しみを負うことができるように」との祈りにあるのではないかと思います。苦しみを避けようとするので、かえって人生が破壊されるのですが、避けるのではなく忍耐をもって負う道を選択していくところに道が開かれていくのだと思います。