安息に導いてくださるのです

あなたのすべての民、あなたを知り、人々の中にあってあなたの働き人とされているすべての人を、あなたはくりかえし、安息に導いてくださるのです。

C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、89頁

〔それで、安息日の休みが神の民に残されているのです。なぜなら、神の安息にあずかった者は、神が御業を終えて休まれたように、自分の業を終えて休んだからです。だから、わたしたちはこの安息にあずかるように努力しようではありませんか。さもないと、同じ不従順の例に倣って堕落する者が出るかもしれません。〕(ヘブライ4・9~11)

2018年4月17日(火)

安息にあずかることと。信仰生活はこの安息にあずかること、そのために努力することです。この安息にあずかるための努力を怠ると、堕落するのです。

堕落とは何か。それは安息にあずからず、自分の力で悪戦苦闘することです。おおよそ安息を求めないことは、不従順であり堕落であるというのです。

この世は、安息にあずかること、すなわち休むことが堕落につながるかのように教えますが、現実は安息を否定的に考えるからこそ、かえって堕落してしまうのだ、ということです。あるいは安息ということがわかっていないので、様々な堕落が生まれてしまうのだ、ということかもしれません。

正しく安息をいただくこと。正しい安息をいただくこと。それは一週間の初めである日曜日の過ごし方にかぎがあります。まず神さまにささげて一週間をはじめるならば、その一週間も神さまの与えてくださる平安の中に歩むことができるのです。