最終的にすでにあなたは目標に到達しておられる

艱難や、不安や、困窮をくぐりぬけることがあろうとも、すべてがみ心に行なわれるようにしてくださいます。最終的にすでにあなたは目標に到達しておられるのです。最終的にご自分のわざを完成なさるのです。

・・・それゆえにわれらにあってみことばを祝し、われらがイエス・キリストの忍耐のゆえによろこびつづけ、時がかわり、新しい日が始まり、あなたの栄光と平安とを見ることができるまでに至らせてくださいますように。

C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、52頁

〔あなたは、受けようとしている苦難を決して恐れてはいけない。見よ、悪魔が試みるために、あなたがたの何人かを牢に投げ込もうとしている。あなたがたは、十日の間苦しめられるであろう。死に至るまで忠実であれ。そうすれば、あなたに命の冠を授けよう。〕(黙示録2・10)

2018年2月27日(火)

運命や宿命という言葉には、どこか冷たいレールの上を走らされているような感じがあります。聖書の神さまは運命や宿命のような存在ではありません。愛の神さまです。

摂理(providence)という言葉があります。これは少し前になりますが韓国系の異端の教会がそのグループ名に使っていたということもあって、否定的な印象を受けることもあるかもしれません。この摂理は、神さまがすべてのことを愛の御手をもって収めてくださる、導いてくださるということで、そこには、あたたかい神さまの御手があります。

同じようなことを語っているような言葉ですが、ずいぶん違うものを持っています。

私たちは、この神さまのご摂理の中に生かされているのですから、今日も安心です。