われらに明らかに示してくださる

われらに明らかに示してくださる、あまりにも豊かな生のしるしを感謝します。

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悪と不幸の世界の中にあってもわれらがあなたの証人であり、この世のいのちにも、来たるべきいのちにものぞみを持ちうるようになるために、あなたご自身から来る霊が、いよいよわれらにしみとおるようにしてください。

C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、16f頁

〔使徒たちは主に言った。「私たちの信仰を増してください。」しかし主は言われた。「もしあなたがたに、からし種ほどの信仰があったなら、この桑の木に、『根こそぎ海の中に植われ。』と言えば、言いつけどおりになるのです。〕(イザヤ17・5,6)

信仰が増し加えられるようにと願う弟子たちに、イエスさまはからし種ほどの信仰があったら・・・と言われました。つまり信仰というのは量が多ければ力があり少なければ力がないというものではない、ということでしょう。

信仰はあるかないかが大切なところであり、ごく僅かな信仰であっても「ある」ならば桑の木の海の中への移動も可能である、というのです。

さらにその信仰は「あなたご自身から来る霊」が私たちのうちにしみとおることによって豊かになるというのでしょう。聖霊さまの豊かなご臨在が私たちの信仰生活を豊かにするということでしょう。

この聖霊さまは「あなたご自身から来る霊」といいます。このあなたとは父なる神さまと子なる神さまであるイエスさまのことでしょうか、それとも父なる神さまのみを指しているのでしょうか。フリオクエ論争を考えると、ここは西側の信仰のあり方が現われていると考えて前者と想像するところです。

しかしいずれにせよ、神さまが私たちの信仰を守り導いていてくださることに感謝したいと思います。