〔使者〕
2014年4月27日(日)
「異邦人の道に行くな。」(マタイ10:5~6から)
キリストの愛は、主の委託に忠実であることを要求する。このことによって、キリストの愛が、自分の心の充満や情熱とは全く区別されるのである。われわれが、民の中の自分の兄弟たちに、あるいは異邦人の地にある異教の人々に、福音の救いをもたらすのは、われわれ自身の大きな愛のためではない。そうではなく、主が伝道するようにと命じるので、その主の委託を受けて、われわれはそうするのである。
ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、210頁f。
伝道は、あるいは愛の業は、私たちがそうしたいからするのではなく、イエスさまがそうせよといわれるからするのです。そうでなければ、そこでなされる業は神さまの業ではなく人間の業で終わってしまいます。
イエスさまがそうせよといわれることには、いつも聖なる制限があります。その制限の中にとどまることが、神さまの愛の業がなされていくことに結びつくのです。
(祈り)
神さま、あなたの委託の中にとどまり続けることができるように助けてください。
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