「奉仕の力」としての平安

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〔復活〕

2014年4月11日(金)

「わたしもまたあなたがたを遣わす。」(ヨハネ20章21節から)

イエスに対する奉仕においてのみ、イエスとの交わりは成就するのである。
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創造者である神が最初の人間にしたのと同じことを、今度はイエスが弟子たちに対してするのである。イエスは、新しいいのちの息、派遣される者に新たな力を与える息、すなわち「復活」の息を弟子たちに吹きかけ、その息で彼らを満たす。
・・・
聖霊を与えられる時に、人は、神に委託されて、罪を赦したり赦さずにおいたりすることができるのである。
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罪をどんな場合にも赦すだけで、罪を赦すことを留保することがないという態度は、神の赦しを人間の業とするものであって、その場合の罪の赦しとは、罪とのたわむれにすぎない。
・・・
弟子たちは、罪の赦しと、罪の赦しの留保を、キリストの委託として、大いなる確信と喜びとをもってなすべきである。

ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、181頁ff。

イエスさまへの奉仕、イエスさまに仕えること、それらをせずしてイエスさまとの交わりの中に生きることはありえません。神さまの愛の中に生き続けたいならば、イエスさまへの奉仕に生きなければなりません。

聖霊を与えられた主にある者たちは、罪の赦しと罪の赦しの留保を語ります。平安と愛と確信と喜びとをもって語り続けます。

(祈り)
神さま、あなたに仕える喜びを与えてくださり感謝します。罪の赦しと罪の赦しの留保を語り続けさせてください。

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