〔神の呪いと祝福のもとで生きる〕
2014年3月22日(土)
「地はあなたのためにのろわれるであろう。」(創世記3:17~19)
アダムは、それ以前は、耕地になる果実を労せずに手に入れることができ、耕地は、彼に必要なものを与え続けたが、その地面が、その大地が、アダムの行為の結果、呪われたものとなるのである。
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自己の力で生きることができると考える被造物に対して、別の被造物が異議を唱える。この被造物は人間を拒絶し、人間から身を引く。人間に対して、沈黙し、謎に満ちたものとなり、実を結ばなくなる。
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耕地の作物は、われわれが涙をもって食べるパンとなる。
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労働によって人間は、呪いと約束との間、喜びと苦痛との間で生きる。ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、143頁f。
人間には様々な欲望がありますが、その中に労働する欲望があるといわれます。労働は喜びであるのか、それとも苦痛であるのか。労働によって糧を与えてくれるこの大地は、いまや私たちにとって謎となったとボンヘッファーは語ります。ですから、労働は、喜びであると共に、苦痛ともなったのです。人間はこの両者の間に生きる者となりました。
喜びと苦痛。その間に生きることを得させるのは、世の終りまで共にいると約束くださいましたイエスさまの愛によります。喜びと苦痛を健やかな心で受け止めつつ生きる人生。その土台はイエスさまの愛にあります。
(祈り)
神さま、喜びと苦痛の中にも、主イエスさまの愛を学ぶ者とならせてください。
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