日別アーカイブ: 2015年7月12日

めぐみのパンくず

キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。”

                Ⅰヨハネ3:16

◎上のみことばはヨハネ福音書3章16節「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」と同じほどヨハネが残した大切なみことばです。ヨハネ3:16は全世界の人々に向かって書かれているのに対して、ここではすでに救われて教会の一員になったものに対して書かれているのです。

◎原語のみことばは「愛がわかったのです。」が最初に来ますが、キリスト者はイエスさまが自分のためにいのちを捨てて下さったのだと心から信じている存在です。ですから「兄弟のためにいのちを捨てるべきです」。と言います。それはやたら殉教や犠牲を強いているのではありません。

◎具体的に御言葉の少し前を見てみますと、この世はキリスト者を憎むということが記されています。来たるべき迫害を想定していたのかもしれません。そのような時心しておくことを記しました。①キリスト者はすでに死から(永遠の)いのちに移っている、その証拠が兄弟との愛の交わりなのです。

◎また、困っている者を助けること、あわれみの心を閉じることの無いようにと勧めますVs17、リップサービスに終わらないことvs18

◎でもしばしば愛の行為は不履行に終わったり、足りなさを覚えるものです。その時に自分の「心が責められるような事があっても」神さまの大きな愛とすべてを知りたもう神さまから離れてはいけません。

◎祈り(告白のうちに主にすべてが受け入られ)、赦されていることを確信する時に、大胆に祈れるのです。兄弟愛は神の命令であり、交わりの中心です。聖霊がいつもそのことを教え続けて下さいますように。