2023年10月1日聖日礼拝

動画(44分37秒)

聖書 創世記45章1節〜15節
説教 「神が私を遣わされた」
説教者 高橋博師


今月の聖句

ヨハネの福音書6章27節

なくなってしまう食べ物のためではなく、いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい。それは、人の子が与える食べ物です。この人の子に、神である父が証印を押されたのです。


今週の聖句

エレミヤ書29章11節

わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている──主のことば──。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。


今週の詩篇の黙想

詩篇142篇

  1. 今日は詩篇142篇からの黙想です。表題には「ダビデのマスキール。ダビデが洞窟にいた時に。祈り。」と書かれています。この洞窟はアドラムの洞窟です。ダビデはサウルから追われていました。ダビデにはイスラエルには安全な居場所がなくなり、敵地ペリシテのガテのアキシュ王のもとに身分を隠してのがれました。そこにおらなくなると荒野のアドラムの洞窟に、さらに死海のそばのエンゲディの洞窟に身をひそめました。

  2. 詩篇142篇はこのような洞窟に身をひそめ孤独な中で歌ったダビデの祈りの詩篇です。「私は主に向かい、声をあげて叫びます。声をあげ、主にあわれみを請います。私は御前に自分の嘆きを注ぎ出し、私の苦しみを御前に言い表します。」(1~2節)声をあげる表現が二度繰り返されています。友や仲間のいない荒地で、聞いてくださる主に向かって声をあげて叫んでいます。この叫びは5節で主は我が避所と発展します。「主よ。私はあなたに叫んで、言いました。あなたは私の避け所、生ける者の地で、私の分の土地です。」叫びが信仰の告白になって行きます。あなたこそ私の避けどころ。

  3. 孤独な中で3節では霊が衰えていきます。霊の衰えの中でも「私の叫びに耳を留めてください。私はひどく、おとしめられていますから。どうか、私を迫害する者から救い出してください。彼らは私よりも強いのです。」と6節で祈り、「私のたましいを、牢獄から連れ出し、私があなたの御名に感謝するようにしてください。」と7節で魂が牢獄から連れ出され、御名に感謝するようにと祈っています。この祈りの後、ダビデはエンゲディに逃れてそこでも洞窟の中に避難しています。その時サウル王が用をたしにダビデのいることを知らずに入って来た時、主に油注がれた者に手を出すことが出来ない。神様が取り除いてくださるとの信仰から、サウルの衣の裾だけを切って、その旨をサウルに告げています。孤立無援の中で、神様御自身に信頼する信仰が養われて行きます。私たちも孤独に陥る時、洞窟のように魂が閉じ込められる時、たましいの弱る時、主に声をあげて泣き、叫び、祈りましょう。「あなたは私の避け所、生ける者の地で、私の分の土地です。」(5節)

2023年9月24日聖日礼拝

動画(46分51秒)

聖書 サムエル記第二章8節〜17節
説教 「我が王に仕える」
説教者 エドウィン・ウォング師


今月の聖句

ヨハネの黙示録21章3節〜4節

見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。


今週の聖句

ヨハネの手紙第一3章16節

キリストは私たちのために、ご自分のいのちを捨ててくださいました。それによって私たちに愛が分かったのです。ですから、私たちも兄弟のために、いのちを捨てるべきです。


今週の詩篇の黙想

詩篇141篇

  1. 141篇は夕べの祈りです。一日の戦いを終えて神様の守りを感謝する祈りです。「私の祈りが、御前への香として、私が手を上げることが、夕べのささげ物として立ち上りますように。」(2節)詩篇記者は夕べに感謝の祈りをささげています。周囲の無理解、いじめ、迫害、理不尽な要求、正義が捻じ曲げられている社会での一日を送り、罪に挑発されながらも、信仰を守った人の夕べの祈りです。祈りが愚痴とならないように願い、良い香りの感謝のささげものとなるようにとの祈りです。香水はいい香りです。ナルドの石膏のつぼを割った時、部屋中いい香りでいっぱいになりました。感謝のことば、喜びのことば、前向きのことばは心にいい香りを届けます。夕べの祈りが、怒りや不満やつぶやきであるなら、いい香りの祈りではありません。一日、主を見上げて戦い、夕べにはいい香りの感謝と賛美の祈りがささげられるように、神様の恵みへの感謝の応答が出来るように、朝、祈って出かけましょう。夕べには、主の恵みを数え、捜し、心に思い浮かべて、感謝のささげ物、賛美のささげ物をささげています。

  2. さらに夕べの感謝の祈りは「主よ。私の口に見張りを置き、私のくちびるの戸を守ってください。私の心を悪いことに向けさせず、不法を行う者どもとともに、悪い行いに携わらないようにしてください。私が彼らのうまい物を食べないようにしてください。」(3節)と霊的成長を祈る祈りに発展します。周辺で如何に罪多き言葉が飛び交っていても、その挑発に乗ることなく、私の口に見張りを置いてください、くちびるの戸を守ってください、悪の挑発、誘惑に乗らないように守ってくださいと祈っています。

  3. 「正しい者が愛情をもって私を打ち、私を責めますように。それは頭にそそがれる油です。私の頭がそれを拒まないようにしてください。彼らが悪行を重ねても、なおも私は祈ります。」(5節)忠告、叱責を受けることを通して、さらに自分を聖なる者へと導いてくれるようにと祈っています。朝の祈りをささげて、一日の働きを終え、今晩も感謝の香り良き祈りがささげられるように、主を仰いで歩みましょう。シャローム。

2023年9月17日聖日礼拝

動画(39分12秒)

聖書 創世記43章1節〜15節
説教 「主に委ねる信仰」
説教者 高橋博師


今月の聖句

ヨハネの黙示録21章3節〜4節

見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。


今週の聖句

ヨハネの手紙第一4章9節

神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちにいのちを得させてくださいました。それによって神の愛が私たちに示されたのです。


今週の詩篇の黙想

詩篇140篇

  1. 今日は詩篇140篇からの黙想です。1節「暴虐の者から、私を守ってください。」4節「主よ。私を悪者の手から守り、暴虐の者から、私を守ってください。」苦悩の最中からの叫び、祈りであります。ダビデは多くの苦悩と戦ってきました。ゴリアテとの戦い、妬みから殺意に燃えるサウル王からの逃亡。王になってからも子供たちの争い、アムノンがタマルを辱め、アブシャロムがアムノンを殺害。アブシャロムは父ダビデに反旗をひるがえす。ダビデの将軍ヨアブはアブシャロムを殺害。周りの罪、又自分の罪との戦いの生涯でした。この罪が一部の極悪な人のものではなく、人はみなアダムにあって罪人となっているので、すべての人は「そのくちびるの下には、まむしの毒があります。」とパウロはこの詩篇140篇3節をローマ書3章で引用しています。すべての人は罪をおかしたため、神の栄誉を受けられなくなっていると語っています。しかしパウロはそこでとどまらずに、「ただ神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、値なしに義と認められるのです」とキリストの贖いを宣言しています。

  2. 詩篇140編7節で「私の主、神、わが救いの力よ。あなたは私が武器をとる日に、私の頭をおおわれました。」と告白しています。あたまを覆われました、と告白していることは、ヘルメットやかぶとで頭がおおわれることです。エペソ6章17節では「救いの兜をかぶり」と頭を救いで守ってくださる、救いで覆ってくださることが約束されています。戦いの日には矢が雨あられと飛んできます。平和な時代の今日においても、誘惑のことばが、中傷する言葉が、不信仰にいざなう言葉が、中傷する者、サタンからひっきりなしに飛んできています。救いの兜をしっかりとかぶって頭を救いでしっかりと覆っていれば大丈夫です。

  3. それに対して10節では「燃えている炭火が彼らの上にふりかかりますように。彼らが火の中に、また、深い淵に落とされ、彼らが立ち上がれないようにしてください。」と救いの兜をかぶっていないものの悲劇です。自分が発した非難が自分に降りかかっていきます。救いの兜で私たちの頭をしっかりと覆っていただいて、誘惑に負けず、神様のことばで満たされて、信仰の戦いの馳せ場に向かいましょう。シャローム。

2023年9月10日聖日礼拝

動画(31分45秒)

聖書 使徒の働き8章1節〜3節
説教 「迫害の中での主の御計画」
説教者 タン・ショーン師


今月の聖句

ヨハネの黙示録21章3節〜4節

見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。


今週の聖句

ヨハネの福音書15章5節

わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人にとどまっているなら、その人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないのです。


今週の詩篇の黙想

詩篇139篇

  1. 詩篇139篇の黙想です。「主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます。あなたこそは私のすわるのも、立つのも知っておられ、私の思いを遠くから読み取られます。」(1~2節)神様の全知を告白しています。神様は心の中のすべてを見通しておられ、レントゲンで体の中が透視できるように神様は私たちの思いや考え心配を見通しておられます。ダビデの賛歌と表題があります。ダビデの歌った詩篇か、後代の詩人がダビデの生涯を思って歌った可能性もあります。ウリヤの妻を奪い取った最悪の時をダビデは過ごしています。如何に正当化しようとも神様の光の中では自分の邪悪な動機、罪の汚れが突き付けられています。

  2. 2 「私はどこへ行けるでしょう。あなたの御霊から離れて。どこへ逃れられるでしょう。あなたの御前を離れて。たとえ私が天に上ってもそこにあなたはおられ私がよみに床を設けてもそこにあなたはおられます。」(7~8節)神様の遍在、臨在を告白しています。神様の臨在からは逃れることが出来ません。罪を犯して逃げても、神様の御目からは逃れることが出来ません。この神様の遍在は又、どこに行こうとも神様の臨在に生きることのできる喜び、恵みでもあります。サウル王から逃れ、洞窟で隠れている時にも、敵国ペリシテの地に身分を隠してのがれなければならなかった時も、その時も主が臨在してくださったことを告白賛美しています。

  3. 「あなたこそ私の内臓を造り母の胎の内で私を組み立てられた方です。」(13節)ダビデは神様の全能を告白しています。母の胎内でみごもった瞬間、母でさえ気がつかない時から、神様は私の存在を知っておられ、神様の全能の力、くすしい知恵で私を造り上げてくださいました。私たちは神様の作品であります。私たちがどんな出生をしようとも、神様の目には高価で尊い存在であります。「神よ。私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、私の思い煩いを知ってください。私のうちに傷のついた道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください。」(23~24節)全知、全能、遍在の神様の前に厳粛になって礼拝しています。高慢になることなく、不信仰、悲観的にならないで、主の光の道を、暖かい愛の道、赦しの道を確信して歩みましょう。