2026年3月1日聖日礼拝

動画(40分25秒)

聖書 エペソ人への手紙2章1節〜10節
説教 「私たちを生かす神」
説教者 高橋 博師


今月の聖句

マラキ書4章2節

しかしあなたがた、わたしの名を恐れる者には、義の太陽が昇る。その翼に癒やしがある。あなたがたは外に出て、牛舎の子牛のように跳ね回る。


今週の聖句

ヨハネの福音書3章5節

イエスは答えられた。まことに、まことに、あなたに言います。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできません。


【聖書人物からの黙想 マタイ3 盛大なもてなしをするマタイ】

レビと呼ばれていたマタイは同胞からお金を強奪する取税人の罪の温床に捕らえられていました。イエス様はマタイの顔をじっと見つめて「わたしについて来なさい。」と声をかけられました。このイエス様のひと言でマタイの人生が変わりました。自分の力では立てなかったマタイはイエス様のおことばで罪の温床から立ち上がり、イエス様の弟子となりました。マタイはイエス様の弟子となった時、自分の家にイエス様や大勢の取税人仲間を招いて盛大なもてなしをしました。レビ族として生まれていながら、取税人という罪に堕落した者も、イエス様のひとことばで赦され、愛され、生まれ変わり、人生が新しくなった証しにイエス様と取税人仲間をお招きして盛大なパーティを企画しました。第一に人生を変えてくださったイエス様への感謝の祝宴でありました。やがて天国に召されたとき、天国の祝宴に招かれることの前味でありました。放蕩息子のお父様も息子が帰ってきたとき、喜び溢れる祝宴を開き、和解の喜び、神の家族の喜びを味わいました。第二にマタイは自分の人生に起った救いを取税人仲間に知って欲しい願いがありました。回心したマタイは今までの取税人の友をイエス様のおられる祝宴にお招きしました。これはマタイの人生が変わった、救われた、取税人の世界から足を洗う、証しの祝宴でした。仲間の取税人もこのように救われて欲しいという願いでした。大勢の取税人の集まりにイエス様も喜んで参加してくださり、取税人の人々と親しく交わって、神の国の到来、誰でも新しく生まれ変わることを証ししておられたことでしょう。罪人、取税人と一緒に食事をするイエス様をパリサイ人は非難しました。このパリサイ人に罪人の友となってくださったイエス様は「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人です。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためです。」(ルカ5章31~32節)病人、罪人に寄り添ってくださるイエス様に感謝しましょう。シャローム。

2026年2月22日聖日礼拝

動画(41分46秒)

聖書 使徒の働き24章22節〜27節
説教 「神の憐れみ」
説教 タン・ショーン師
通訳 リュウ・ホイイン師


今月の聖句

詩篇147篇14節

主はあなたの地境(じざかい)に平和を置き最良の小麦であなたを満たされる。


今週の聖句

ペテロの手紙第二3章9節

主は、ある人たちが遅れていると思っているように、約束したことを遅らせているのではなく、あなたがたに対して忍耐しておられるのです。だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。


【聖書人物からの黙想 マタイ2 立ち上がったマタイ】

マタイの回心の物語はマタイ9章、マルコ2章、ルカ5章に記録されています。3つの福音書の記事に共通点があります。マタイの回心の直前に中風の男の癒しの記事があります。二人とも立ち上がって、イエス様に従っています。中風の人は歩けないので4人の友に担がれイエス様のおられる家に来ました。人で一杯なので家に入れないでの仲間は屋根をはいでイエス様の所につり下ろしました。イエス様はこの中風男に「起きなさい」と命じられると中風男は癒やされ、立ち上がり、寝床を担いで家に帰りました。その直後にもう一人立ち上がった人物がいます。レビと呼ばれるマタイさんです。マタイさんは肉体的には健康です。どこへでも歩いて行けます。マタイはこの元気な足腰を使って何をしたでしょうか。取税人の仕事、自分の所有欲、金銭欲を満たすために元気な足腰を使って重税の取り立てを行っています。レビと言う名のレビ人ですから旧約聖書を良く知っています。律法の規定以上に取り立ててはいけない、孤児、やもめには親切にすることが旧約聖書に書かれています。マタイはそれらをかなぐり捨てて、ローマ帝国の権力を笠に着て同胞の弱者から強奪を繰り返す罪の床から立ち上がれません。イエス様はこのマタイに目を留められました。目と目が合ってイエス様は「わたしについて来なさい」と優しくお声をかけられました。このひと言で不思議なことが起りました。マタイの心を縛っていた金銭欲の鎖が解けて、マタイは何もかにもすべてを捨てて、立ち上がって、イエス様について行きました。中風男は病と絶望の床から立ち上がりました。マタイさんも罪、不正、強欲に縛られていた罪の温床と決別して立ち上がってイエス様の弟子となりました。今まで取税人として罪のために使っていた賜物を福音書を書くことに用いて、素晴らしいマタイ福音書を書き上げることが出来、以来2000年、新約聖書のトップバッタのマタイ福音書は多くの人を罪から立ち上がらせ、福音に仕える人に立ち返らせて来ました。イエス様のことばには人を立ち上がらせる力があることを信じ、みことばを信じて歩みましょう。シャローム。

2026年2月15日聖日礼拝

動画(39分09秒)

聖書 エペソ人への手紙1章15節〜23節
説教 「祈りの共同体」
説教者 高橋 博師


今月の聖句

詩篇147篇14節

主はあなたの地境(じざかい)に平和を置き最良の小麦であなたを満たされる。


今週の聖句

ヘブル人への手紙11章8節

信仰によって、アブラハムは相続財産として受け取るべき地に出て行くようにと召しを受けたときに、それに従い、どこに行くのかを知らずに出て行きました。


【聖書人物からの黙想 マタイ1】

しばらく新約聖書に登場する人物の考察をしたいと思います。新約聖書の最初の書物「マタイ福音書」を書いたマタイさんてどんな人でしょう。新約聖書を開くとマタイ福音書が出て来ます。マタイという名前は有名でなじみのある名前です。まずマタイさんと親しくなって行きましょう。マタイさんは何時、どんなきっかけでイエス様を信じたのでしょうか。マタイ9章9節にマタイさんが自己紹介の様に書いています。 「イエスはそこから進んで行き、マタイという人が収税所に座っているのを見て、わたしについて来なさいと言われた。すると、彼は立ち上がってイエスに従った。」マタイさんは取税人という罪深い仕事をしていました。人々から税金を規定以上に力づくで取り立てている強盗の様な人物。支配者ローマ帝国への税金を貧しい同胞から奪いとる血も涙もないお金の奴隷でありました。そのマタイさんが収税所に座っているとき、通りかかったイエス様が声をかけました。人々はマタイさんを恐れて避けていました。お金にしか興味の無いマタイさんにイエス様は声をかけました。「わたしに着いて来なさい。」イエス様のこのひとことばで奇跡が起りました。お金を同胞からぼったくることしか考えていないマタイの心に大変化が起りました。「するとレビは、すべてを捨てて立ち上がり、イエスに従った。」ルカ福音書ではマタイはレビと言う名も持っていて、イエス様に呼びかけられると、直ぐに、すべてを捨てて、取税人の特権、事務所、同胞から巻き上げた多くの金銭を即座に捨てて、すべてを捨ててイエス様に従っています。イエス様は人の心の中まで見通しておられるお方。マタイは表面はお金を強奪する取税人、でもどこかで罪意識、孤独、本当の生き方を求めていた、イエス様はそんな心を読んで、ギラギラした目のマタイに親しく、優しく声をかけられました。わたしに着いて来なさい。わたしに着いて来て、心がきよめられ、愛と友情に生きる人生を歩みなさい。このイエス様の優しい声に、マタイはイエス様に従い、すべてを捨てて、神と共に歩む人生に導かれて行きました。イエス様にあって人は変えられます。今もイエス様に従い幸せになる人が招かれるよう、祈りましょう。シャローム。

2026年2月8日聖日礼拝

動画(48分26秒)

聖書 使徒の働き24章14節〜21節
説教 「死者よ 起きろ」
説教者 タン・ショーン師


今月の聖句

詩篇147篇14節

主はあなたの地境(じざかい)に平和を置き最良の小麦であなたを満たされる。


今週の聖句

ローマ人への手紙8章11節

イエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリストを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられるご自分の御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだも生かしてくださいます。


【詩篇103篇からの黙想 1 マナの会の学びより】

「わがたましいよ 主をほめたたえよ。
私のうちにあるすべてのものよ 聖なる御名をほめたたえよ。
わがたましいよ 主をほめたたえよ。
主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」(1~2節)

詩篇は旧約時代においては神殿、会堂で礼拝する時の会衆の賛美であります。礼拝において自分の魂に呼びかけて、心の奥底からの賛美、全身全霊をあげての賛美を促しています。心からの感謝、賛美をささげるために、主の良くして下さったことを思い浮かべ、思い起こすことを促しています。今日も2月の主の日の礼拝に参加しています。詩篇の記者と共に「主の良くしてくださったことを思い起こして感謝、賛美をささげて主をほめたたえましょう。主の良くして下さったことを心に思い浮かべ、口で主に告白して感謝する時、感謝の献げものとなっていくことでしょう。
主の良くして下さったことが思い起こされないと言う人の爲に3節から5節に主の恵みのヒントが書かれています。
新聖歌172番(聖歌604)「望みも消えゆくまでに 世の嵐に悩むとき 数えてみよ 主の恵み 汝が心は安き 得ん。 主の賜いし十字架を 担いきれず沈むとき 数えてみよ主の恵み つぶやきなど如何であらん。世の楽しみ 富 知識 汝が心を誘うとき 数えてみよ主の恵み 天つ国の幸に酔わん」 主の恵みを思い起こし 数え上げて 感謝に満たされ 心からの賛美をささげましょう。シャローム。