2025年10月19日聖日礼拝

動画(1時間5分41秒)

聖書 詩篇19篇
説教 「神は天から魂に語りかける」
説教 ソー・スタンリー師
通訳 タン・ショーン師


今月の聖句

ネヘミヤ記8章10節

主を喜ぶことは、あなたがたの力だからだ。


今週の聖句

詩篇19篇14節

私の口のことばと私の心の思いとが御前に受け入れられますように。主よ わが岩わが贖い主よ。

2025年9月28日聖日礼拝

動画(50分22秒)

聖書 使徒の働き20章17節~24節
説教 「聖霊に縛られて」
説教 タン・ショーン師
通訳 リュウ・ホイイン師


今月の聖句

ヤコブの手紙1章21節

ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを素直に受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。


今週の聖句

ヘブル人への手紙10章24節

また、愛と善行を促すために、互いに注意を払おうではありませんか。


ルカの福音書14章の黙想 2 神の祝宴への招き

ルカ14章で色んな人が食事に招かれています。この食卓への招待を通して、イエス様は「天国への招待」を教えています。誰が天国の招待に与っているかを教えています。1節でイエス様はパリサイ派の指導者の食事に招かれています。そこには水腫を患った女もいました。イエス様を試す材料として招かれています。この女は末席以下の被告席の様な所に招かれています。ところがこの末席にいた水腫女が神の恵みに与り癒やされ、上席の検事席にいたパリサイ人は恵みに与っていません。7節からは結婚の披露宴に招かれたなら上席に座ってはいけません、と教えています。末席であっても悲観しないで招かれている事を喜んで参列することを教えています。自分を高いと思うもの、自分を義人と誇る者は神の恵みに与る事は出来ません。神の国の披露宴に招かれる資格のない罪人が、招かれて感謝しています。末席にも与れない自分は罪人であることを知っている者が、イエス様の十字架の恵みを知って、天国のイエス様の花嫁としていただいて婚礼に参加出来ます。12節から、招くときは金持ちを招かないで、貧しい人たち、体の不自由な人たちを招きなさい、と教えています。金持ちは自信を持ってお祝いやお祝儀を持って参加します。地上の婚礼に招待されたとき、出される祝宴に相応する金銭をお祝いとして持って行って、安心して婚礼のパーティに参加します。しかし天国に招待されて祝宴に与るためには、どれだけの金銭を積んでも祝宴の代価を支払うことは出来ません。天国を金銭で、人間の善行で買い取る事は出来ません。地上の罪人は誰一人天国に入る資格はありません。貧しい人たちを招きなさい。これは自分は天国に入る資格はない、天国への入国料を支払う金銭、財産を持ち合わせていない、自分の無力さ、罪深さを知った者が、主の憐れみを知り、信じ、感謝して天国に入れる事を教えています。イエス様の十字架の横に強盗がいました。善行は何一つしていない罪人の頭です。主よ私を覚えてください。このひと言で、あなたは今日、わたしと共にパラダイスにいると天国行きの恵みに与っています。この主の招きを他の何よりも最優先して、主の下さるいのちのパンの恵みに与りましょう。シャローム。

2025年6月22日聖日礼拝

動画(34分44秒)

聖書 列王記第一18章20~39節
説教 「主よ、私に答えて下さい」
説教 タン・ショーン師
通訳 リュウ・ホイイン師


今月の聖句

ピレモンへの手紙11節

彼は、以前はあなたにとって役に立たない者でしたが、今は、あなたにとっても私にとっても役に立つ者となっています。


今週の聖句

箴言15章29節

主は悪しき者から遠くにおられ、正しい人の祈りを聞かれる。


ルカの福音書からの黙想 ルカ11章その1

ルカ11章1節からイエス様は主の祈りを弟子たちに教えています。「さて、イエスはある場所で祈っておられた。祈りが終わると、弟子の一人がイエスに言った。主よ。ヨハネが弟子たちに教えたように、私たちにも祈りを教えてください。」イエス様は弟子たちに祈りを教えておられます。これは主の祈りを呼ばれています。ペテロたち弟子は皆ユダヤ人でしたから一日に三度、毎日祈っていました。その弟子たちが主に祈りを教えてくださいと願い、イエス様は祈りを教えておられます。9章51節からイエス様は毅然とエルサレムに向かっておられます。エルサレムの十字架に向かって歩み始めておられます。イエス様が十字架に架かられ、人類のすべての罪を背負って苦しまれ、死と復活により罪の赦しが完成します。アダム・エバが神様に背き、罪を犯し、それ以来人類は罪の悲惨な道を歩んで来ました。しかし神様は、罪の赦しの救い主を送る約束を立ててくださいました。イエス様の十字架の死、埋葬、復活、昇天、その後五旬節の日に聖霊が弟子たちに下り、ペテロたちは学んだことのない外国語で説教をして3000人が救われました。人類の創造、堕落、救いの計画、メシヤの到来、救いの完成が弟子たちの目前に来ようとしています。アブラハムに約束された救いが完成し、弟子たちは完成した神の国、到来した神の国の宣教者となろうとしています。十字架による贖いの完成、聖霊が信じるすべての者に与えられて新しく生まれ変わり、神の子とされて聖霊の力によって生きる、この救いの完成の時代に生きる弟子たちにイエス様は祈りを教えておられます。旧約聖書の聖徒たちの祈り、ノア、アブラハム、ヤコブ、ヨセフ、モーセ、ダビデ、ヒゼキヤ、ダニエル、聖書には多くの聖徒の祈りが記載されています。メシヤを待ち望んでいた方々の祈り。主の祈りはメシヤの到来、十字架の救いの完成の時間的には直前にイエス様が教えた祈りです。私たちは救いの完成した時代に生きています。父なる神様を「父よ」と呼びかけるように教えています。言語では「父よ、アバ、お父ちゃん」と子どもが全幅の信頼を持って親しく父を呼ぶ、関係に生きる祈りの恵みを教えています。今日も主の祈りを祈り、主との交わりを喜びましょう。

2025年5月25日聖日礼拝(バイリンガル)

動画(38分12秒)

聖書 使徒の働き19章11節〜20節
説教 「聖霊の奇跡的な働き」
説教者 タン・ショーン師
通訳 リュウ・ホイイン師


今月の聖句

詩篇51篇17節

神へのいけにえは砕かれた霊。打たれ砕かれた心。神よあなたはそれを蔑まれません。


今週の聖句

エペソ人への手紙3章14節〜16節

こういうわけで、私は膝をかがめて、天と地にあるすべての家族の、「家族」という呼び名の元である御父の前に祈ります。どうか御父が、その栄光の豊かさにしたがって、内なる人に働く御霊により、力をもってあなたがたを強めてくださいますように。


ルカの福音書からの黙想 ルカ9章後編

ルカ9章51節からイエス様は御顔をエルサレムに向け、毅然として進んで行かれます。9章はルカ福音書のターニングポイント、分水嶺です。ここからイエス様の弟子訓練にも変化が見られます。世俗の価値観の影響を受けている弟子たちの間で「誰が一番偉いのか」と言うの議論が起ったとき、イエス様は「だれでも、このような子どもを、わたしの名のゆえに受け入れる人は、わたしを受け入れるのです。また、だれでもわたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのです。あなたがた皆の中で一番小さい者が、一番偉いのです。」(48節)と教えておられます。イエス様に従う、イエス様を受け入れる証し、証拠を教えておられます。イエス様が受け入れている小さい幼子、一番小さい者を受け入れることはイエス様を受け入れている証しです。イエス様の十字架の救い、永遠の命を共有する共同体の生き方であります。さらにこのイエス様にある共同体の生き方を57~62節で3人の人との問答を通して教えて、弟子の覚悟をイエス様は教えています。第一は、「ある人がイエスに言った。あなたがどこに行かれても、私はついて行きます。イエスは彼に言われた。狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕するところもありません。」(57~58節)イエス様に従う事は天国を目指す旅人です。天国に於いて安息することを教えています。第二の人にわたしに従って来なさいと言われました。その人は「まず行って、父を葬ることをお許しください。イエスは彼に言われた。死人たちに、彼ら自身の死人たちを葬らせなさい。あなたは出て行って、神の国を言い広めなさい。」(59~60節)親孝行と言う大切な関わりに生きていますが親のお葬式も神の国を広める機会とすることを教えています。第三の人が「主よ、あなたに従います。ただ、まず自分の家の者たちに、別れを告げることをお許しください。」と言った時に「イエスは彼に言われた。鋤に手をかけてからうしろを見る者はだれも、神の国にふさわしくありません。」(61~62節)神の国の畑で神のことばの種まきに召されました。家族であってもこの召しを理解され賛成するとは限りません。人の理解、承認に振り回されないで、主の御心に毅然と進むことを教えています。イエス様は主に従う者を見捨てられるお方ではありません。アーメン。