2026年2月22日聖日礼拝

動画(41分46秒)

聖書 使徒の働き24章22節〜27節
説教 「神の憐れみ」
説教 タン・ショーン師
通訳 リュウ・ホイイン師


今月の聖句

詩篇147篇14節

主はあなたの地境(じざかい)に平和を置き最良の小麦であなたを満たされる。


今週の聖句

ペテロの手紙第二3章9節

主は、ある人たちが遅れていると思っているように、約束したことを遅らせているのではなく、あなたがたに対して忍耐しておられるのです。だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。


【聖書人物からの黙想 マタイ2 立ち上がったマタイ】

マタイの回心の物語はマタイ9章、マルコ2章、ルカ5章に記録されています。3つの福音書の記事に共通点があります。マタイの回心の直前に中風の男の癒しの記事があります。二人とも立ち上がって、イエス様に従っています。中風の人は歩けないので4人の友に担がれイエス様のおられる家に来ました。人で一杯なので家に入れないでの仲間は屋根をはいでイエス様の所につり下ろしました。イエス様はこの中風男に「起きなさい」と命じられると中風男は癒やされ、立ち上がり、寝床を担いで家に帰りました。その直後にもう一人立ち上がった人物がいます。レビと呼ばれるマタイさんです。マタイさんは肉体的には健康です。どこへでも歩いて行けます。マタイはこの元気な足腰を使って何をしたでしょうか。取税人の仕事、自分の所有欲、金銭欲を満たすために元気な足腰を使って重税の取り立てを行っています。レビと言う名のレビ人ですから旧約聖書を良く知っています。律法の規定以上に取り立ててはいけない、孤児、やもめには親切にすることが旧約聖書に書かれています。マタイはそれらをかなぐり捨てて、ローマ帝国の権力を笠に着て同胞の弱者から強奪を繰り返す罪の床から立ち上がれません。イエス様はこのマタイに目を留められました。目と目が合ってイエス様は「わたしについて来なさい」と優しくお声をかけられました。このひと言で不思議なことが起りました。マタイの心を縛っていた金銭欲の鎖が解けて、マタイは何もかにもすべてを捨てて、立ち上がって、イエス様について行きました。中風男は病と絶望の床から立ち上がりました。マタイさんも罪、不正、強欲に縛られていた罪の温床と決別して立ち上がってイエス様の弟子となりました。今まで取税人として罪のために使っていた賜物を福音書を書くことに用いて、素晴らしいマタイ福音書を書き上げることが出来、以来2000年、新約聖書のトップバッタのマタイ福音書は多くの人を罪から立ち上がらせ、福音に仕える人に立ち返らせて来ました。イエス様のことばには人を立ち上がらせる力があることを信じ、みことばを信じて歩みましょう。シャローム。

2026年1月25日聖日礼拝

動画(44分51秒)

聖書 使徒の働き22章22節〜23章11節
説教 「表裏一体のパウロ」
説教 タン・ショーン師
通訳 リュウ・ホイイン師


今月の聖句

詩篇126篇5節〜6節

涙とともに種を蒔く者は喜び叫びながら刈り取る。種入れを抱え泣きながら出て行く者は束を抱え喜び叫びながら帰って来る。


今週の聖句

ペテロの手紙第一2章12節

異邦人の中にあって立派にふるまいなさい。そうすれば、彼らがあなたがたを悪人呼ばわりしていても、あなたがたの立派な行いを目にして、神の訪れの日に神をあがめるようになります。


【詩篇91篇からの黙想 2 マナの会の学びより】

「彼がわたしを愛しているからわたしは彼を助け出す。彼がわたしの名を知っているからわたしは彼を高く上げる。
彼がわたしを呼び求めればわたしは彼に答える。わたしは苦しみのときに彼とともにいて彼を救い彼に誉れを与える。
わたしは彼をとこしえのいのちで満ち足らせわたしの救いを彼に見せる。」
詩篇91篇14~16節

詩篇91篇は「信頼の歌」と表題がつけられます。その信頼の深化、前進、内実化が歌われています。その頂点が14~16節です。1~2節では「いと高き方の隠れ場に住む者その人は全能者の陰に宿る。私は主に申し上げよう。私の避け所私の砦私が信頼する私の神」と。そこから9節では「それはわが避け所 主をいと高き方をあなたが自分の住まいとしたからである。」主を隠れ家とした信仰から主を自分住まいとする信仰に成長しています。誰でも信じるだけで救われます。この素晴らしい信仰の内実化、生活化、信仰を、主の守りを生活の中で生かして行く、心の中の信仰が生活の中で具体化して行く成長を詩篇91篇では歌っています。14節からは「わたし」である主が主語になっています。詩人、主を信じている私たち、兄弟姉妹が彼と呼ばれています。「彼がわたしを愛しているから わたしは彼を助け出す。」(14節)主を隠れ家、避けところ」とした信仰から、主を住まいとする、主を日常生活の中であがめながら、祈りながら生きる、さらに主を愛する生活に発展しています。主を愛することは主をさらに知ることであります。主を知ることは主を呼び求めることに発展して行きます。主を愛することは、主を知ることから始まり主を呼び求めることに繋がります。主のなしてくださったことを顧みて主の恵みを知り、主を愛する信仰で歩みましょう。シャローム。

2025年12月28日聖日礼拝

動画(44分50秒)


今月の聖句

ルカの福音書2章11節

今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。


今週の聖句

ヨハネの福音書20章29節

イエスは彼に言われた。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ないで信じる人たちは幸いです。」


年の終わりの祈り FBマイヤー

ここまで主が私たちを助けてくださった。サムエル第一7章12節

アルファであられ、オメガであられる主よ。つい先日、明けたばかりと思っていたこの年を、もう閉じる事になります。広大なご恩に報いるには、余りにも小さなご奉仕しか出来なかったことが胸にこたえます。 しかし、頼りない私であればあるほど、このような者を、ここまで捨てず、守り、導き、今も祈らせてくださっているあなたの真実、まさに無比なあなたの真実をあかしすることが出来ます。そして、粛々たる大オリオンが中天にかかる冬の夜空を仰いで、この大宇宙をつくりたもうたお方が、私を覚えていてくださることの不思議さともったいなさとに手を合わせます。 私は今年も、エベン・エゼルの石を積み重ねます。ここまで主が私を助けてくださったと告白して、礼拝いたします。そして、私とともに歩み、私を支え、励ましてくださった兄弟姉妹たちに心から感謝いたします。アーメン。(今日の祈り FBマイヤー原著)

2025年11月23日聖日礼拝

動画(34分36秒)

聖書 マルコの福音書4章26節〜29節
説教 「実をならせる例え」
説教 タン・ショーン師
通訳 リュウ・ホイイン師


今月の聖句

ヨハネの黙示録3章20節

見よ、わたしは戸の外に立ってたたいている。だれでも、わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしはその人のところに入って彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。


今週の聖句

ローマ人への手紙10章14節

しかし、信じたことのない方を、どのようにして呼び求めるのでしょうか。聞いたことのない方を、どのようにして信じるのでしょうか。宣べ伝える人がいなければ、どのようにして聞くのでしょうか。


ルカ17章からの黙想

ルカ福音書の大きなテーマは「神の国の到来」です。「パリサイ人たちが、神の国はいつ来るのかと尋ねたとき、イエスは彼らに答えられた。神の国は、目に見える形で来るものではありません。『見よ、ここだ』とか、『あそこだ』とか言えるようなものではありません。見なさい。神の国はあなたがたのただ中にあるのです。」(20~21節)イエス様を主と信じる者、イエス様を心の中にお迎えして神の子とされた者たちの「ただ中にある」とイエス様は教えています。11章20節「しかし、わたしが神の指によって悪霊どもを追い出しているのなら、もう神の国はあなたがたのところに来ているのです。」神の子イエス様がこの地上に来てくださり、イエス様の力で私たちの心から、悪霊、自我、自己中心の罪の心を追い出して、イエス様が宿っていてくださる、その交わりの真ん中に神の国、神様の支配、神様の力が到来しています。ルカはトロアスで医者をしていました。パウロの伝道で救われ神の子とされ、永遠のいのちを頂き、宣教チームに加わりました。海峡を越えてヨーロッパに行き、ピリピでルデアとその家族が救われ、ルデアさんの家を拠点に伝道しました。占いの霊に憑かれた女が救われ悪霊が出て行って神の子とされました。パウロ、シラスを捕らえていた看守も悔い改めイエス様を信じバプテスマを受けました。人種が違う、背景も違う者が神の国の家族とされ、永遠のいのちを頂いてやがて御国に召されて行く、このすばらしい神の国がここに来ている事にルカは感動して、神の国に何をおいてでも入る事、神の国を最優先にする事を勧めています。「律法と預言者はヨハネまでです。それ以来、神の国の福音が宣べ伝えられ、だれもが力ずくで、そこに入ろうとしています。」(16章16節)何をおいてでも神の国の民となる事を、神の国の恵みに与る事を人生の最優先する様にルカは勧めています。その視点でルカ福音書を読みましょう。神の国の民の交わりを今日も満喫しましょう。シャローム。