2025年4月27日聖日礼拝(バイリンガル)

動画(1時間50秒)

聖書 使徒の働き18章18節〜28節
説教 「キリストの体を築き上げる」
説教者 タン・ショーン師
通訳 リュウ・ホイイン師


今月の聖句

詩篇42篇1節

鹿が谷川の流れを慕いあえぐように神よ私のたましいはあなたを慕いあえぎます。


今週の聖句

テサロニケ人への手紙第一5章16節〜18節

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことにおいて感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。


ルカの福音書からの黙想 ルカ8章中編

ルカ福音書では8章までイエス様はガリラヤの町々村々を歩いて神の国を説き、福音を宣べ伝え、力ある奇跡を行っておられます。9章からは弟子たちの訓練教育に焦点をシフトしておられます。8章の半ば、後半に記載されてある奇跡はガリラヤ巡回伝道を締めくくる奇跡、主の業であります。ルカ8章半ばでイエス様はある目的を持ってガリラヤ湖の向こう岸のゲラサの地に夕刻船に乗って出発しておられます。船が出港するとまもなくイエス様はお疲れを覚えて船尾で熟睡されました。夕刻のガリラヤ湖にはしばしば突風が吹き荒れました。昼間は大地の温度が高温になりそこから気流は上昇します。夜になると地温は下がり水温が高いまま維持されそこから気流は上昇します。この気温の変化の時、ガリラヤ湖には激しい突風が吹き荒れることがあります。イエス様は一つの目的を持って、疲れたお体、突風の危険のリスクを承知で向こう岸へ行こうとされました。予想通り突風が船を襲い、船は水をかぶり沈没寸前になりました。ペテロたちが必死で水をかい出して、ふと見るとイエス様が休んでおられました。思わずペテロの口から出たことばは「私たちが死んでもかまわないのですか」でした。ペテロはどんな気持ちでこのようなことばを口にしたのでしょうか。イエス様への不満がこのことばの根底にあるように思われます。どんな不満でしょうか。ペテロたちが必死で水をかい出したりしている時、寝ておられたイエス様に不満だったのでしょうか。この突風の来る可能性のある時間帯に向こう岸へ行こうと言われたことへの不満だったのでしょうか。異邦人の住む向こう岸ゲラサに行くことへの不満がこの時爆発したのでしょうか。イエス様は嵐を叱りつけられました。すると嵐は静まり一行はゲラサの地に上陸。嵐を乗り越えて来た御一行を歓迎したのは村人ではなく、墓場を住み家とする悪霊に憑かれた男でした。自分を受け入れられないのか自傷行為のように自分の体に傷をつけていました。イエス様はこの男を癒やされ救われ、元気を回復しました。イエス様はこの男に家に帰って主がなしてくださった事を証ししなさいと告げられました。イエス様は失われた人を尋ね求めて癒やすために、救うために嵐を乗り越え、水をかぶることをものともせずにこの世界に来てくださいました。失われた隣人に主の暖かさを持って寄り添って行きたいと思います。

2025年4月20日聖日礼拝(イースター)

動画(49分38秒)

聖書 ルカの福音書24章13節〜32節
説教 「心は燃えていた」
説教者 高橋 博師


今月の聖句

詩篇42篇1節

鹿が谷川の流れを慕いあえぐように神よ私のたましいはあなたを慕いあえぎます。


今週の聖句

コリント人への手紙第一15章20節

しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。


ルカの福音書からの黙想 ルカ8章前編

4章から8章まではイエス様が宣教を開始されガリラヤの町々村々を歩いて神の国を説き、福音を宣べ伝え、広く宣教をしておられる第一次ガリラヤ伝道と名づけられる時期です。イエス様の先駆けの働きをしたバプテスマのヨハネがヘロデによって捕らえられ首をはねられ殺されています。「また、悪霊や病気を治してもらった女たち、すなわち、七つの悪霊を追い出してもらったマグダラの女と呼ばれるマリア、ヘロデの執事クーザの妻ヨハンナ、スザンナ、そのほか多くの女たちも一緒であった。彼女たちは、自分の財産をもって彼らに仕えていた。」(2~3節)イエス様の働きを支えている女性たちが紹介されています。男性たちではなく女性がイエス様に仕えています。女性の中でも最初に登場するのは「七つの悪霊を追い出してもらったマグダラの女と呼ばれるマリア」です。七つの悪霊に憑かれて悲惨な人生を送っていたマグダラのマリヤがイエス様を信じ変えられイエス様に仕える人として最初に紹介されています。次に「ヘロデの執事クーザの妻ヨハンナ、スザンナ」が登場します。ヘロデはガリラヤの領主としてその地域を支配していました。ヘロデは弟ヘロデ・ピリポの奥様ヘロデヤを奪い取りました。バプテスマのヨハネは預言者として「それは律法に違反しています」と罪を指摘しました。ヘロデは悔い改めないでヨハネを牢に入れ、首をはねて殺し、首をお盆に載せてヘロデヤの娘に踊りの褒美として差し上げている悪人です。ヘロデの執事とはこのヘロデに仕えている役人です。イエス様の宣教の妨げをするヘロデの部下からイエス様に仕える人が召されています。イエス様の話は種まきの話しに繋がります。種には命があります。命ある種も落ちる所によっては芽を出さず鳥に食べられるものもあります。良い地に落ちれば100倍の実を結ぶ種まきのたとえを語っておられます。ヘロデの親族であっても、悪霊に捕らわれた人であっても、従順な心、開かれた心で神様のことばを聞くならば100倍の実を結びます。イエス様の家族も来ています。イエス様は、「わたしの母、わたしの兄弟たちとは、神のことばを聞いて行う人たちのことです。」(21節)心を開いて神のことばを聞いて受け入れる時、血縁、民族、怨念、因襲を超えて、病人であっても救われ神の家族の愛の人間関係に入れられることを教えておられます。