動画(48分04秒)
聖書 使徒の働き2章1節〜21節
説教 「注がれる神の霊」
説教者 高橋博師
今月の聖句
出エジプト記20章2節〜3節
わたしは、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出したあなたの神、主である。あなたには、わたし以外に、ほかの神があってはならない。
今週の聖句
使徒の働き2章17節
神は言われる。終わりの日に、わたしはすべての人にわたしの霊を注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。
創世記からの黙想 創世記20章
アブラハムの弱さが露呈される二度目の事件です。飢饉か伝染病のためアブラハムはヘブロンを離れゲラルの王アビメレクの所で寄留しました。自分の保身のため妻サラを妹ですと偽って紹介しています。サラは90歳という高齢にもかかわらず美貌のゆえ、王宮に召しいれられています。ゲラルの王アブメレクはサラに触れようとした時、神様に殺されそうになりました。神様が夢の中で「その女は夫のある身だ」と告げられ、「今、あの人の妻をあの人に返しなさい。あの人は預言者で、あなたのために祈ってくれるだろう。そしていのちを得なさい。」(7節)「あなたはなんということを私たちにしたのか。私が一体、罪となるどんなことをしたのか。あなたが、私と私の王国に大きな罪をもたらそうとするとは。あなたは、してはならないことをしたのだ。」(9節)アビメレクはアブラハムを責めています。祝福をもたらすはずのアブラハムが大きな災いをもたらそうとしています。その人は預言者とまで言われて、全く証しになっていません。同じ罪をアブラハムは25年前、飢饉の時にエジプトに下った時に犯しています。なぜ人は同じ失敗を繰り返すのか。前回のエジプト下りは飢饉のため。今回のゲラル下りも、飢饉か家畜の病気など、問題があっての寄留者生活です。異国、異郷に住まなければならない時、経済基盤が脅かされる時、文化習慣が異なっている、信頼できる人がいない所で暮らさなければならない時、人を恐れ自己保身に走り、不信仰の罪に陥る危険があります。私たちも弱さをもっています。健康を失う、家や財産を失う、人の世話にならなければならない時、そんな時どれだけしっかりと主に委ねる信仰に生きていけるでしょうか。人は生き延びるため、セコイ人間的策略に走る誘惑があります。ヨブのように主は与え、主は取られる、主の御名はほむべきかな、と信仰告白すべきであります。創世記の著者はアブラハムの失態を赤裸々に描いています。問題、弱さに直面するとき、惨めに思ったり、取り繕ったり、偽ったりしないで信仰を持って素直に主の前に出ましょう。私たちは自分でもわからない弱さを持っています。弱さがさらされる時、隠したり隠れたりしないで、弱さを持ったまま主の前に出られる信仰へと成長させていただきましょう。弱さは主の愛、主の赦し、主の慈しみを深く覚える恵みの機会となります。シャローム。