詩篇78編の詩人はイスラエルの歴史を振り返っています。子どもたち、後の世代の者に語り告げるためです。そして、詩人が振り返るイスラエルの歴史は、自分たちの栄光ではありません。どれだけ強かったか、どれだけ神さまに忠実に従ってきたか、そのような立派さではありません。詩人が振り返るのは自分たちの頑なさです。どれだけ神さまに逆らってきたか、どれだけ神さまを悲しませてきたか、言ってみれば、負の歴史です。
詩篇78編に描かれているイスラエルの民の姿を見ていると、何て愚かな人たちかと思わされます。しかし、自分自身の信仰生活を振り返ると、自分もまた、彼らと何も変わらない罪人であることに気づかされます。詩篇78編に描かれているのは私たち自身の姿です。
詩人が語り告げているのは、「主の誉れ」、イスラエルの民のために「主が行われた 力ある奇しいみわざ」です。それは、出エジプトのみわざであり、逆らい続けるイスラエルの民を深いあわれみによって導いてくださった神さまご自身です。詩人は神さまをほめたたえているのです。
私たちが証しするのは、私たちが成し遂げた何かではありません。罪人の私たちを新しく生かしてくださっている神さまのみわざです。それは主イエス・キリストによる十字架の死と復活のみわざです。死んでよみがえり、私たちとお出会いくださった主イエスさまです。
人々はこのイエスを木にかけて殺しましたが、神はこの方を三日目によみがえらせ、現れさせてくださいました。(使徒の働き10章39〜40節)