主の御前に生きる(4)(週報2026年3月29日号)

 「あなたがだれにもわかってもらえず苦しいとき、ゲツセマネで祈られたイエスの姿を思いうかべてください。自分のつらい気持ちを神さまはわかってくださるだろうかと疑うとき、この時イエスがどのような思いで祈りをささげられたかを思い出してほしいのです。イエスも、深くなやみ、もだえながら祈られたことを。」(『おはよう!神さま』より)

 2026年に入って、子どもたちと「みことばの時間」を持っています。とは言っても、嫌そうに「はよ、して」と言われながら、私が淡々とデボーションのテキストを読んで祈るだけです。子どもたちに神さまの愛が分かってほしい、そんな願いから始まったことですが、私自身が恵みをいただいています。

 十字架へと向かうイエスさまは深く悩みもだえられました。そのかたわらには三人の弟子がいました。ペテロ、ヤコブ、ヨハネ、イエスさまから特別に扱われることの多かった三人です。しかし、彼らはイエスさまのもだえるような深い悩みが何も分かっていませんでした。イエスさまこそが、だれにも分かってもらうことのできない苦しみを味わってくださった方でした。

 悩み苦しむことの多い私たちです。だれも分かってくれない、そんな思いが苦しみを増し加えます。しかし、イエスさまはすべてを知っていてくださいます。私たちが心を注ぎ出して祈るのを待っていてくださいます。

そして、ペテロ、ヤコブ、ヨハネを一緒に連れていかれた。イエスは深く悩み、もだえ始め(マルコの福音書14章33節)


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