「十字架につけられ給いし方のお姿は、すべてのことを成功を尺度として測る考え方を無力なものとする。」(ボンヘッファー)
「成功ってなんやろね~」と朝ドラのヒロインは語っていました。神学校の卒業式後の祝賀会の中でもある先生は神学生へのはなむけの言葉として「成功してほしい」と語っておられました。伝道者にとって、あるいはキリスト者にとって成功ってなんなのでしょうか。
ナチスドイツへの迫害の中で死を迎えた牧師ボンヘッファーは、十字架のイエスさまのお姿はすべてのことを成功を尺度として測る考え方を無力なもとする、と語りました。またこれに続けて「成功か失敗かが問題なのではなく、神さまのさばきを心から受け入れることが問題である」と語りました。
どんなに名声を手にし、また経済的に豊かであっても、また逆に人から見捨てられ、貧しさのどん底にあっても、皆いつかの時に神さまのさばきの前に立つ者です。十字架を知らない者にとっては、さばきは恐怖でしかありません。しかし十字架を知る者は、すべてのさばきを引き受けてくださった神さまの愛を知っています。
ここしばらく寒さに後戻りしつつも、日差しに春の力を感じます。天と地を造られた神さまの御手の中にすべてをゆだねつつ、主が再び来られる日まで、与えられた道を喜びと感謝をもって歩みましょう。
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