中沢隆一先生が召天され教会は別離の悲しみの中にあります。天国への希望をあらたにし信仰の道を前進しましょう。
ずいぶん前に毎年春に行われる教師リトリートにて、「私の宝物」と題してそれぞれが自分の宝物としているものを持ちより、そのエピソードを分かち合うという楽しい交流の時がありました。ある宣教師は、昔に奉仕した国で利用していた石鹸を持参して、宣教活動の思い出を話してくださいました。私は何を持って行ったか忘れてしまいました。きっと記憶に残るようなものではなかったのでしょう。
中沢隆一先生が持ってこられたものは「教会員名簿」でした。片時も離さすに教会員一人ひとりを覚えて祈っておられた先生の姿を思い起こします。
「祈れ、おのれのことより、むしろひとを執り成す身となるまでは。
祈れ、よし道は暗くあるとも、祈れ、すべてを主の手にゆだねて。」(新聖歌196)
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