●牧会の机~魂への配慮の歴史より(37)◎人びとの心を歪ませてしまうもの

「栄誉も富もひとを駆り立て、高慢にし、多くの危険を招く」
多くの人びとのこころをゆがませてしまう

以前はしっかりしていたのに」
マティーアス・クラウディウス(1740~1815)
 当時デンマークの支配を受けていたホルスタイン地方ラインフェルトに牧師の息子として生まれました。神学を学び始めますがしばらくの引きこもり時代を過ごしたのちハンブルクでジャーナリストになりました。発刊された新聞の文芸欄が好評で全ドイツにその名を知らしめることになりますが、新聞自体は売れ行きがいまいちで5年で廃刊になってしまいます。詩人、作家、翻訳家として働き、デンマーク皇太子の紹介でアルトーナの銀行監査役となりようやく経済的に安定するようになりました。大工の娘レベッカ・ベーンとの間に12人の子どもを得ますが、そのうち3人は早くに死にました。家庭では愛情豊かな父親でした。ルター派の伝統に根ざした敬虔な信仰は、聖書と賛美歌によって養われました。ということでこの人は牧師でも司祭でもなんでもなく、作家というべきでしょう。この人の作詞による讃美歌が『讃美歌21』の216番にあります。
 さて上記の言葉は、「日々に歌う」と題する詩の一節です。どんなにしっかりしている人でも、栄誉を手にし、富を得ることで、高慢になるといいます。それは人生に多くの危険を招くことになり、その人の、そして多くの人の心を歪ませてしまいます。栄誉や富が、それ自体悪いものではないのかもしれません。しかし扱い方によっては人を滅ぼしてしまうものなのです。扱い方が分からないときは、それらを手にしてはいけないのかもしれません。何もないということは、さっぱりしてすがすがしいことです。
 もちろんただ何もないということで平安があるわけではありません。やはりイエスさまがともにいてくださるということで平安があります。それ以外のことはあまり重要ではありません。


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