続・牧会ずいそう<141> 宝も時が経つとゴミ

 家庭問題のセミナーで世界的に用いられているドブソン博士が,こんなことを言っている。「大学時代テニスに熱中し,艱難を乗り越えて優勝した。その時のトロフィーは宝物であり、それが学校に飾られていることは誇りであった。しかし、何年か後、友達が、校舎が新装された時、あのトロフィーはゴミ箱に入っていたと伝えた。」その時はかけがえのないものと思われた宝も、時が経つと価値が代わりゴミになる。大切な宝として守られて来た教えや目標、発見、発案や新製品も、時代の流れの中で、価値なきものとなり、やがて役に立たないもの、<ゴミ>邪魔者とさえなってしまう。そのことにすべてを掛けて獲得したことが夢となる。夢は未来だけでなく過去にもある。秀吉も「ナニワの事は夢のまた夢」と言った。
ゴミにならない本当の宝とは何だろう。聖書は、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番優れているのは愛です」と言っている。それは神とともに生きる道であり、神を得ることが出来るからではないか。神こそが永遠に、最も優れた宝だと言えます。永遠に変わらないお方です。


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