続・牧会ずいそう<139> 愛を出し惜しみするな!

 片方を開けるだけでは風はあまり通らない。もう一方も開けると良く通る。愛も同じだと思う。愛されるだけでは愛のさわやかさやその恵みを知る事が少ない。愛する時、愛のさわやかな風が体の中を吹き抜けるのを感じる。愛は与えたから減るものではない。いやむしろ与えれば与えるほど豊かになる。神からの愛を受け、その無限の愛の注ぎの中で人を愛する時は特にそうだ。水道のようで、蛇口から出したから無くなるという事はない。出せば出すほど新しい注ぎがあり、その豊かさに感動する。むしろ蛇口を閉めたままにしておくと、蛇口の中が錆び、たまに出す時には赤茶けた水が出て来る。受けるばかりの溜まり水は沼となり、泥土が溜まり,水が腐って臭くなったりする。神様は注げば注ぐ程愛を注ぎ入れてくださる。神の愛をどこに注ぐかはそれぞれがよく考えるべきだ。むやみやたらにどこに注いでも良いというわけではない。最も愛を必要としているところに惜しみなく注ぎたい。愛を拒んでいるところに注ぐと、フタした入れ物に注ぐようで無駄になる。しかし時には注ぎ続けるとその愛の爽やかな感触に惹かれフタを開ける時もある。


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