〔私の宣教スケッチ 55〕 私自身が一緒に行く

団体の教師会に行く途中長谷川先生を尋ね、今までの事を先生に話した。先生は「あなたが1教会の牧会に専念しようとするなら吉野に留まるのが良い。しかし、団体の諸教会の成長に重荷を与えられているなら京都でしょう」と言われた。この時、宣教師中心の団体から、日本人教師と教会、宣教師会が合同で、新しい世界福音伝道団を設立しようとしていた。教師会で、ラウンドヒル師やその他の委員方に相談した。それらの話し合いの中で。主が私を太秦へ導こうとしておられると言う思いが強められていった。「主は言われた『私自身が一緒に行くであろう。そしてあなたに安息を与えるであろう。』モーセは主に言った。『もしあなた自身が一緒に行かれないなら、私たちをここから上らせないでください。』」(出33:14、15)あれから2ヶ月経ち、太秦教会から文書による招聘書が届いた。教会の役員会にその旨を伝えた。役員会は全員一致で太秦の招聘を拒否。その旨団体の委員会に伝えた。年あけの総会までに何度も話し合い、教会は私の転任を御心と受け入れてくださった。太秦への転任の年に新「世界福音伝道団」の設立総会が開かれた。


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